「年賀状」いまでは欠かせない正月のアイテム。発行の目的は増収だった?  | 心よろず屋

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今では正月恒例のアイテムとして欠かせないお年玉つき年賀ハガキは、1949(昭和24)年12 月1日に初めて発行され、翌年の正月に配達された。

2億円の増収をねらったアイデア商品として発行されたもので、これがみごとにあたって現在も発行され続けているのである。 

年賀状を送る習慣そのものは、郵便制度が定着した1882(明治15)年ごろから始まったといわれている。 

そして、差し出す枚数が年を追うごとに増えていったのに対応して、特別集配が行なわれるようになり、1935(昭和10)年12 月には日本ではじめて年賀郵使特別切手が発行されることになる。

 その後、年賀郵使の取り扱いは戦争によって一時中断したものの、1948(昭和23)年から再開され、さらに翌年からはお年玉つき年賀ハガキが発行されたというわけだ。 

ちなみに、第1回の賞品は特等がミシン、
1等が純毛服地、2等が学童用グローブ、
3等が学童用こうもり傘、4等がハガキ入れ、
5等が便箋と封筒の組み合わせ、六等が切手シートだった。 

これに対して、1999(平成11)年の1等はデジタルビデオカメラ、ワイドテレビ、カーナビ、ハンドヘルドパソコン+デジタルカメラ、乾燥機つき洗濯機の中から好きなものを選べるというのだから、時代の変遷を感じさせる。 

それでも、第1回もその当時としては超豪華な賞品だったようだ。 

なかには自分の出したお年玉つき年賀ハガキがあたっても賞品が相手のものになるのがイヤで、
クジの部分を切り取って出したケチな人もいた。

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