世間の人間というのは常に何かの話題について噂をしていないと気がすまない。
特に悪い噂というのは広まるのが非常に早く、「人の噂をいうは鴨の味がする」とか「人の不幸は蜜の味」という表現さえあるほどだ。
然しその噂も時間が経てば次第に消えていく。
日本では古来より、噂の寿命は七十五日間とされていて、「人の噂も七十五日」という諺が定着しているのだ。
因みにこの諺は「よきも悪しきも七十五日」とか「よりのとりざたも七十五日」ともいわれている。
それにしても、なぜ人の噂は七十五日するとなくなると考えられているのだろう。
鎌倉時代の軍記物語『源平盛衰記』には「能々御慎あるべき事にや、人の上は百日こそ申すなれ。只披露せぬには過ぎじ」という記述がある。
この部分でも使われているとおり、当時の噂は「人の上は百日」などといわれていた。
これは「人の噂も七十五日」と同じ意味だが、
この頃は噂の寿命がもう少し長く、百日ぐらいと考えられていたようだ。
それが後に二十五日短くなり、七十五日になったのである。
では、その七十五日という日数はなにに由来するのだろうか。
七十五日は二カ月半に相当する。
この日数はちょうど野菜などの作物が種から実るまでの期間で、昔はこの日数が歳月の一区切りとなっていた。
七十五日というのは、この区切りの数ということでつけられたのだ。
ただ、これに対して七十五日という数字には必然的な意味はなく、手頃な数字でしかも語呂がいいので用いられているという説もある。
たとえば江戸時代、女性は出産後の七十五日間は養生し、夫との性的な交わりは避けていた。
これを「七十五日の忌」という。
夫は妻と七十五日間交われないので「女房に七十五日貸ができ」という江戸川柳もできたほどだ。
然しこの例でも七十五日という日数には必然的な意味がないという。単に語呂がよかっただけだそうだ。