さてさて、そんなわけで、

(過去問7科目×5年分+H21刑解き直し)+(答練7科目×2回分)=50通と、めでたく年内50通企画を達成することができました。これで右半分だけ坊主にしなくて済みます。

もとはといえば、あまりに答案を書くという作業に不慣れだったことから、年内にせめて書くこと自体に慣れようと思って始めたこの企画。結果として、ある程度の収穫はあったと思っています。

まず、右手の筋力がつきました。手の小指側の脇の…空手チョップの打撃部のところの筋肉が左に比べて明らかにモリっとしてます。ここの筋肉がつくのは正解?まぁいいでしょう。

とはいえ、まだまだ答案を書くと終盤は手が疲れて字が乱れたり、書きたいことを諦めたりしています。辰巳の優秀答案では異常に書いている人がいるのですが、まだまだこのレベルには達していないです。

と、プラスの収穫はこんなもんで、

むしろ大きかったのは、自分の勉強不足や実力不足をいやというほど実感できたことです。

きちんと答案に書いてみるという作業を通じて、自分にいかに実力が足りていないかを実感できました。

今年落ちたのは決して不運や国家の陰謀などではなく、妥当な結果です。

自分でわかったつもりになっていることも、いざ書いてみるときちんと理解できていないことがはっきりしてしまうものです。

判例の記憶があいまい、条文との関連づけが弱い、そもそも制度趣旨を理解していない、自分の理解が矛盾していることに書きながら気づく、などなど。

これから基本書にあたるときは、常に条文と論点とのつながりを理解しつつ、具体的な事例を念頭に置いて、自分だったら答案にどう書くかを意識したりメモしたりしながら読み進めたいと思います。

それから、議論の能力、これも弱いです。ひとつの論点にかんする議論の応酬というのは、特に公法系で求められることになりますが、いつも誰でも考え付きそうなことしか言えずに上辺だけの貧弱な論述になってしまいます。判例の他に、新聞の社会欄などにも目を通しておく必要があると感じたのは、公法系のレビューにも書いたとおりです。

それから、日本語力も足りていない。言いたいことがあるのに、それを文章にしようとするとアレ、と首をひねることも少なくありません。きちんと書いたつもりの答案をあとで読んでみて、まったく意味ぷ―になっていたときは結構ヘコみました。

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 全科目を通じていえることは、あまりに当然のことですが、条文と判例を中心に勉強すべきということでした。

まず法律=条文をきちんと理解すること、すべての論点を条文の文言と関連づけて理解することは最も重要なことです。

基本書ばかり読んでいた僕は、論点の内容はわかるもののじゃあ条文のどの文言の問題かといわれると???となったり、ひどいときには条文をガン無視してただ論点について書きなぐったりしていました。空中戦はさいあくです。

 そして判例を丁寧に読むこと。これには次のような効用があると思われます。

①まず、最も単純なことですが、試験に出るということ。条文と違って判例は持ち込めないので、最低限のものを覚えていないと、そもそも議論の土俵にすらあがれません。

②判例によればこういう場合はこういう結論になる、という相場感が身に付きます。これは、理論だけでは解決できない規範的要件について書くときに役にたつんじゃないでしょうか。

③議論の進め方もしっかりしてきます。判例や裁判例は、当事者の主張立証の集大成なので、いずれの立場からも説得的な主張が尽くされているはずです。それらを踏まえたうえでその道のプロの方が書いた判示なので、議論の深さやその進め方もかなり参考になるはずです。

④また、事案を素早く把握能力をつける練習にもなります。たまに「概要」なのにとんでもく不雑な事例がありますが、そういう場合こそ、判決理由だけではなく事案の部分にもきちんと目を通すべきでしょう。事案を素早く正確に理解して一刻も早く法律構成にとりかかるというのは、新司と対決する際に不可欠なスキルです。

⑤さらに、判例は演習問題として使うこともできるはずです。まずは事案に目を通して、それを問題だと思って答案構成してみる、それから判決文に目を通す、ということをやれば、より自分の理解の不足を補いやすくなるでしょう。

以上の次第で、新年からは書くペースを若干落としつつ(そもそも書くものが思いつかない……)、条文と判例を読んでいくことを中心とした勉強にシフトしていきたいと思います。

もっとも、これらを流し読みするだけではあまり効果はあがらないので、この50通で得た「答案にはどこまで書けるのか、どのように書いたらいいか」という勘を使って、常に新司を意識しながら理解を深め、実力をつけていきたいと思います。



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そうこう言っているうちに、もうすぐ2010年も終わりですね。読者のみなさんにとってはどのような年だったでしょうか。

僕にとってはといえば、今までにない経験をいろいろとした、忘れられない年になったと思います。

初めての倒産法(本試験選択科目)にはじまり、18年間の学生生活からの卒業、そして初めての新司法試験、初めてのヨーロッパ、そして帰国後の不合格、初めてのジム通い、などなど。

いろいろありましたが、人生の貴重な一年間を健康に充実して過ごせたことはよかったと思っています。2010年は十分に楽しんだので、2011年の最初の5ヶ月間は戦闘モードに入ります!!


気合だっ!!



それでは皆様、よいお年を~(*^▽^*)

◎刑訴

刑訴はローでがっつりやった科目だからか、答練でも手ごたえがないわりにそれなりの点数がきます。今年も刑法がヤバかったのに下の上な点数がとれたのは、刑訴のおかげだったと思います。

まず設問1の①と②は領置というマイナーな問題。はい、本番ではもちろん書けませんでした。

とはいえ、領置でなくても任意処分にあたるといえれば令状なく行うことは可能なので、1971項本文の任意処分だといったうえで、必要性相当性についてきちんと論じていれば、決して間違いではないはずです。刑事系10位以内という辰巳のA氏も任意処分で書いています。

③は携帯データの復元。必要な処分にあたるかどうか、というところで、まさにこの前伊藤塾の答練でやったような話でした。あの問題はちゃんと復習した方がいいなぁ。

設問2は伝聞……かと思いきや、その前におとり捜査と会話の秘密録音を論じる必要があります。なぜ??しかもあまりひねりのない、論証カードそのままのような事例です。サービス問題のつもりなのかもしれないですが、これはかなり時間を圧迫してきます。このせいで本番でも伝聞にかける時間がかなり限られてしまいました。

伝聞の方は、とりあえずICレコーダの過程を無視。で、レコーダを警察官が反訳した過程は321条3項で乗り越えられて、さらに甲と乙丙との会話は存在それ自体が拳銃譲渡の存在を推認させるので非伝聞。これに対して甲が吹き込んだ会話の日時場所については、内容の真実性が問題となるから伝聞。だから32113号の要件もみたさなきゃです。

でも、321条1項3号の不可欠性要件をみたすかかなり微妙だと思います。日時とかってわざわざ通話者本人が受話器に吹き込まなくても、NTTとかに問い合わせればわかるんじゃないでしょうか。あ、でも場所はNTTじゃわかんないですね。

このように、今年の問題は、たしかに領置というマイナーな部分が出題されたものの、その他は比較的シンプルだったように思われます。

もっとも、量が多過ぎです。設問1で3つの捜査について適法性を検討させたうえで、設問2でさらにおとり捜査と会話録音について書かせるとは。また、伝聞についても、問題となるのは2パターンだけなのに、なぜかそれが5つのパートにわかれているので、無駄に時間を持っていかれます。これなら、分量を少なくしてより考えさせる問題にした方がよかったのではないでしょうか。

ま、タイムマネジメントも重要なので計画的に書けなかったこちらが悪いといえばそれまでなのですが……

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刑訴はこれといった基本書がないのが苦しいところです。アルマはあれはいけません。

そのため、ローでの授業のノートを適宜参照することにしています。判例がカギを握る科目だと思うので、ケースブックを復習することは間違いではないと思います。

もっとも、ケースブックだけじゃ領置は書けないかな…伊藤塾の講師もおっしゃるように、最新判例は絶対におさえないといけないですね。

刑法の出題の趣旨に「保証人的地位」って……あってるのコレ?



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【刑事系】


本番での成績は民事系(中)と公法系(下の下)の間ぐらい(下の上)。

刑訴はまあまぁ、刑法はヤバいと思っていたので、おそらくその通りの結果だったのでしょう。



◎刑法


今年はまさかのがっつり過失。不作為犯についてはまだしも、過失については完全に対策を怠っていたのでボロボロでした。

今回あらためて書いてみて、やっぱり旧過失論ってのは書きにくいなぁと思いました。

検討順序としては、(客観的)構成要件については故意犯と同様に解するので、1.結果を惹起する危険を有する行為(実行行為)を確定したうえで、それと結果に因果関係があるかを検討します。そして、責任の所で、2.過失=予見可能性を検討します。

 この過失=予見可能性というのが曲者です。日常感覚からすると、たとえば乙はきちんとラベルをチェックする義務を負っていた、しかしそれを怠ってVを死なせちゃった、だから過失あり、といきたくなります。しかし旧過失論の場合は、乙はラベルをチェックすべきだった、そうしたら薬が間違っていることに気付いたはずだった、そして間違った薬を打てばVが死んじゃうこともわかっていた、とすれば乙が点滴をした時点で乙にはVの死に対する予見可能性があった、というちょっとまわりくどいことになります。

 この点、辰巳の優秀答案を参照すると、大体みなさん、「過失とは、予見可能性及び結果回避可能性を前提とする結果回避義務違反」というようなことを書かれています。判例もこんなかんじだったと思います。

 結論としては、これで十分なのでしょうね。今回の試験の後、過失に関する文献をいくつか読んでみましたが、過失の位置づけについていかなる立場に立ったとしても「過失とは、予見可能性及び結果回避可能性を前提とする結果回避義務違反」と言ってしまって間違いだということにはならないんじゃないかと思います。

 出題の趣旨にも、「過失犯の理論について、事案の解決に必要な限度で簡潔に自らの考え方を明らかに」すべきとされています。これは不作為犯についてもいえたことですが、大事なことは、法律論をなるべく簡潔に済ませて、あとは具体的事案の評価のところできちんと議論するということでしょう。


 刑法は理論が大事という印象が強いですが、今年はむしろ評価やあてはめ(作為か不作為か、注意義務があるかないか、どの行為を問題とするのか、など)が重要な年でした。それなのに、勉強不足のせいで過失の理論のところでバタっとこけてしまい、十分に評価や当てはめをすることなく時間切れになるという最悪のパターンに陥ってしまいました。



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刑法は、8科目の中でいま最も不安のある科目です。その不安は、論点をさらいきれていないというタイプの不安ではなく、自分が正しく理論を理解できているか、理解できているとしてもそれを他の見解に立つ人にきちんと伝えることができるのか、という不安です。

 先日リーガルクエストの総論を買ってみました。この手の共著本は、独自説を展開することが少ないと思われるので、きちんと目を通して判例通説の立場をしっかり確認しておこうと思います。