突然つきつけられた現実。
第二子がダウン症。
ダウン症児の母親になんて、なれない。
我が子がダウン症だなんて、嫌だ。
上の子にも、親兄弟にも、
迷惑な話だ。
友達にも、会社にも、言いたくない。
できることなら、陸の孤島にひきこもり、
ハヤと共に、ただ命を存えるだけの生活をしたい。
誰にも話したくない現実。
誰にも見せたくない我が子。
私が思っていることは、悪だ。
わかっている。
私は最低な母親だ。
ハヤには何もわからない。
きっとこれから先も、わからない。
「赤ちゃん、可愛いね。
赤ちゃん、大好き。」
今はそう言って無邪気に笑う上の子のことも、
いづれ数々のできごとや真実が、傷つけてしまうだろう。
とりとめもなく、一日中、頭の中をめぐる不安、不満、憤り、
後悔、嫉妬、自虐、幻想、郷愁・・・迷走する思考と感情。
現実的に、私は、何が一番不安なんだろう、
何を一番知りたいんだろう。
少なくとも、ハヤは、可愛い。
それだけではいけない理由は、何なんだろう。
このままでは本当に、
社会から隔絶された人生を送る以外に手がなくなってしまう。
そういう人生を選ぶとしたら、
それまでにぶつかるであろうお節介な親切達を
切り捨てていくだけの強さも必要になってしまう。
でも、そんな強い意志も、今の私には、無い。
ハヤがダウン症として生まれたことも、
ダウン症の母親になることも、受け入れたくない。
そんな中、今一番、自分がリアルにほしい情報は、何だろう?
ひとまず感情を切り離して、冷静に考えてみた。
少なくとも、ハヤが子供のうちは、何とでもなるだろう。
少なくとも完全にひきこもれば、何とかはできるだろう。
じゃあ、何を知りたいのか?
これがわかれば、ちょっと自分が落ち着くかもしれない。
そう思ったこと、2点。
ひとつめは、”ダウン症の方のかかりやすい病気”について。
その種類も、病気の度合も、罹患率も、奇麗事ではなく、優しく誤魔化すのではなく、
子供だけではなく、大人になってからのことも含めた、正確な情報がほしい。
先天性の合併症ではなく、健常者と比べて、これからかかる可能性の高い病気について、だ。
ふたつめは、”成人したダウン症の方が、どうやって生活をしているのか”という実態。
特例や成功例ではなく、21トリソミーのダウン症候群の方の、大人になってからの情報全般、だ。
このふたつがわかったら、ちょっと先が見えるかもしれない。
そしたら、自分なりのビジョンが描けて、落ち着けるかもしれない。
私には、感情を切り離して、奇麗事も排除して、
ビジネスライクに捉えていくことが、一番現実的なのかもしれない。