南部虎弾は、1951年、山形県鶴岡市生まれ、芸名の名付け親は女優市原悦子、高崎経済大中退。第一生命営業マンを経て、渡仏、帰国後、ロシア音楽舞踏団参加後、劇団テアトル.エコーに入団、(ダチョウ倶楽部)のリーダーだったが、クビになり、1990年、電撃ネットワークを結成。
(過激な体を張った芸)で人気を博し、デーブ.スペクター命名の(トーキョー.ショック
ボーイズ)として海外進出、オーストラリアを中心に活動した。
南部の大フアンである由紀さんは、19歳で、38歳の南部と結婚、不節制のため糖尿病を発し、更に、彼は腎機能低下のために、由紀さんは彼に自分の腎臓を提供、薬を飲みのみ、健康管理に務め、仕事をしていたが、2024年1月、脳卒中のため死去。
(通夜、葬儀、告別式には、できるだけ派手な衣装でお越しください)とあり、仮装したコスプレ衣装など、過激な服装で、しかもそこで踊ったりしたので、以後この葬祭場には出入り禁止となった。
ラインの、故人あてにメールを送ると、返事が来て、送った方はドキッとしたが、それも、妻由紀さんの心遣いでもあった。
残されたメンバーには、リーダーを継いだ今日元気(今日も元気、35歳)や、マイケル.ジョーダンの親戚のリチャード(34歳)、先輩のだんな小柳(56歳)ら5人で、遺言通り、沖縄の海に散骨、メンバーのランディーヲ様が残った骨を持ち帰り、それで砂時計を作ると言っていた。
葬儀には、田代まさし、爆笑問題、松村邦洋らが参加、普段は気丈な妻由紀さんが
棺に泣き崩れる姿がそこにはあった。