波の上神宮向かいにある路地を抜けると、そこは風俗街。



道を通る車に、どうぞ寄ってくださいよと手をかざす風俗店員。



自分の店前からはみ出ないよう気をつけながら呼び込みをする風俗店員。



いつもの見慣れた風景。


















つい先日まで、この街に自分がいた。皆と同じように呼び込みをしていたと考えると感慨深くなりました。



嗚呼、もうこの街に来るのは今日で最後か。

そう思いにふけながら自分がいた店を目指して風俗街を歩きます。













「おつかれさまでーす」


顔見知りの店員がいつものよう自分に挨拶してきます。

あと少しで"同業"じゃなくなるとも知らずに。



















店が見えてきました。店の前には"社長"がいます。見かけた瞬間、胸が熱くなってきた。


























「おつかれさまです!」


「おぉ、おつかれー」






いつもの様に気の抜けた返事。

"社長"だった頃から変わらない、飾らない雰囲気です。








「なんかメンエス出すって話だったな?頑張れよ」


「いや、断りました」


「マジかー、もったいない。チャンスなのによー」


「いやぁ~、自分には無理っす。調べたけどメンエスはなかなか難しいらしいっすよ」
















そして、それからいつもの様に他愛無い話を続けた後…























「社長!いや、もう社長じゃないけど今は社長と呼ばせて下さい!実はもうこの業界から足を洗おうと思います。社長には沢山良くしていただいたし、色々学ばせていただきました。社長の背中を見て、俺はここまでやってこれました!とても、とても感謝してます。今までありがとうございました!」













私なりに、感謝の気持ちを伝えました。


すると社長は照れてるのか少し困った笑顔になり、一瞬だけ真顔になった後、笑顔に戻りこう言いました。















「こちらこそありがとな。この仕事ってさ、クソみたいな人間しか来ないから。はーもみたいな真面目な人間が来てとても助かったよ。俺も色々勉強になった。落ち着いたら飲みにでも行こうな」


「はい、落ち着いたら行きましょう。でも…社長はいつまでここにいるんですか?こう言っちゃ失礼ですけど……いつかまた復活する事を期待してます。昔の、儲かってた時の社長はカッコよかったです…」


「ハハハッ!お前にそんな事言われるなんてな (笑) 大丈夫、今は名義とか引き継ぎとかで少しだけいるだけだよ。心配するな、次はもう決まってるよ」












この言葉を聞いて凄く安心しました。社長はどうやら次は建築系に進むとの事。ちょうどその頃は東京オリンピックが決まった直後で、建設業界が需要過多になり始めた頃でした。










「東京にいる同級生がいてな。今は内装大工の社長やってるんだよ。来月からそいつのとこに世話になる予定なんだ。俺がソープやってた時はそいつに沢山イイ思いにさせたからなぁ(笑)」 


「良かったです!お互い違う業界で花咲かせましょう!」


「まぁ、東京は誘惑が多いから、また今みたいに堕ちるかもな。そうなったら出し子でもやるわ(笑)」








その表情は、数店舗の風俗店を経営してた頃の、あの頃のいつも余裕そうな表情をしてる社長そのものでした。






いつか、いつかきっと、またはい上がって花を咲かせましょう。その時は前みたいな汚い花ではなく、綺麗な、綺麗な花を。













安心しきった私は、最後にまた深く頭を下げて、店を、この街を後にしました。






























それから数年後──────






私は某メーカーに就職が決まり、サラリーマンとして普通に、ごく普通に働いてました。


息子も今は小学5年生。かなり生意気です。息子から見た今の私はしがないサラリーマン。風俗業者の面影は1mmもありません。






























いや、なくていい。























何も知らなくていい。このまますくすく、健全に育ってくれ。






この過去は息子に話す事はないでしょう。























でも、いつか社会出て、ドン底に落ちて暗闇に閉ざされた時は・・・・



































その時は話してあげるよ。



さえない親父の、スリリングな過去の話を。



その日が来ない事を今日も願って・・・・