【小4虐待死母被告人質問】の記事を読んでいて思い出した。

元旦那もモラハラDV男だった。
21歳で婚姻届を出した。



結婚した頃はDVとかモラハラとかの言葉はなかった気がする。
喧嘩する度に殴られ罵られた。
殴られるから言うことを聞かないとって思うようになった反面、なんで言うことを聞かなきゃいけないと…
元旦那のお姑さんは「女は口が過ぎるから殴られる、殴られるのが嫌なら口を出すな」と自分の息子を叱ることはなかった。
うちの両親は「女に手を出す男は最低だ」とよく主人を怒っていた。
両親は離婚をすすめてくれたけど、そのときはまだ好きだったから、そうこうするうちに長女、次男と出来、阪神淡路大震災がきた。
仮設にいるときも喧嘩になると殴られ、同じ仮設内にいる母の元へ逃げた。
仮設で次女が生まれ…

次女が3歳の時に仕事を終えた元旦那が帰ってきたことを喜んで飛び跳ねたら、いきなり次女に平手打ちして「何時やと思っとんねん、やかましい」と怒鳴った。だから私は「子供に何してんねん、殴る必要なんてあらへんわ」と言い返した。次女は平手打ちされた反動で壁に叩きつけられ涙を流した目から血が流れていた。偶々トイレに起きてた時に帰ってきたから喜んだだけ
朝は次女が起きる前に出て行き、帰るのは次女が寝てから…

次女は覚えてないし元旦那も既に覚えてない。覚えているのは私だけ

元旦那は殴れば言うことをきくと思っている。

40歳を過ぎた頃から段々と殴るんやったら殴ればいい。と思い出した。
43歳頃、次女と買い物に出かけ帰ってきたら鍵を締められていた、元旦那に「靴があるかどうか見たら分かるやん、確認せんと鍵かけるとか訳わからん」っていうと喧嘩になった「殴るんやったら好きに殴ればいいわ」って言って殴られた。

殴っても言うことなんか聞いたらん。
喧嘩する度に「わしはいつでも別れられる」何十年も聞き続けた。けど主人とメールするようになって、会ったことがないのに好きになった。
私が離婚しなければ今私のそばに主人はいない。
よくある話で終わってたかもしれない。



けど、48歳の時
喧嘩になり、何故か次男が「ママが独立しようとしてる」といい、元旦那は「独立するんやったらしたらいい、私はいつでも別れられる」と言ったから「そしたら別れよか」と
私から別れを切り出したのではない。
元旦那が喧嘩の度に言うてる言葉に対して言うただけ、赤の他人を信用して私を嘘つき呼ばわりし、挙げ句殴りかかろうとした時に次男に止められた。
その時に「次女連れて行っても金は出さない」と、自分の子供をまともに育てもしてないのに

私が次女を連れて行かなかったのは高校生で学校に通ってたから、神戸に住むなら連れて行ってた。
次女とは離婚するまでずっと一緒にいた。今は成人してるけど元旦那と一緒。



男性が怖い顔して睨まれると怖い。怖いし思っただけで涙が出る。それは殴られた記憶と結びつくから…

主人は分かってくれてると思うけど言い合いや喧嘩になると怖い顔をする。
それは私にとっては違う記憶を呼び寄せるものでしかないのに…



けど普段の顔は優しい。
時々難しい顔してるけど…



自分の地雷踏まれたら嫌な癖に、人の地雷は踏みまくり