あらすじ
本書は、ノーベル生理学・医学賞を受賞した生物学者ポール・ナースが、「生命とは何か」?について、語りかけるようなやさしい文体で答える一冊。著者が、生物学について真剣に考え始めたきっかけは一羽の蝶だった。12歳か13歳のある春の日、ひらひらと庭の垣根を飛び越えた黄色い蝶の、複雑で、完璧に作られた姿を見て、著者は思った。生きているっていったいどういうことだろう? 生命って、なんなのだろう。


ひと言
カスタマーレビューに「図がない」と指摘された方がいましたが、全く同感でせっかく一般の人や、高校生に向けて分かりやすく書いてくれたのであれば、二重らせん構造などのイラストを入れてもらえるともっとわかりやすかったかもしれません。その点が少し残念でしたが、楽しく読ませていただきました。

このことから、死んだ毒性の細菌から、生きている無害な細菌へと、化学物質の遺伝子が伝えられ、その性質を永久に変えてしまったにちがいないと、アベリーは考えた。そして、こうした遺伝子の変質の原因が、死んだ細菌のどの部分にあるかをつきとめれば、最終的に遺伝子の正体を世に示すことができることに気づいた。実際に、変質の鍵となる特性を備えているのは、デオキシリボ核酸であることが判明した。デオキシリボ核酸は、「DNA」という略語の方が聞き覚えがあるだろう。そのころには、細胞の中で遺伝子を運ぶ染色体にDNAが含まれていることは広く知られていたが、大方の生物学者は、「DNAなんて、単純で取るに足らない分子だろう。遺伝みたいに、複雑怪奇な現象の原因であるはずがない」と、考えていた。彼らは間違っていた。
われわれの染色体には、中心部に単一で切れ目のないDNA分子がある。DNAはめちゃめちゃ長くなることがあり、次から次へと鎖状に並んだ、何百何千もの遺伝子を含んでいる。たとえば、人間の二番染色体には一三〇〇個以上の異なる遺伝子の列があり、このDNAを引き伸ばすと、長さはハセンチメートルを超える。われわれの小さな細胞一つに含まれる四六本の染色体を合わせると、DNAが二メートル以上になるという、尋常ではない計算値が導き出される。DNAは、奇跡のような手際のパッキング(梱包)によって、直径が数千分の一ミリメートルほどの細胞に見事に収まっている。さらに言えば、あなたの身体の数兆個の細胞の内側でとぐろを巻いているすべてのDNAを、どうにかしてつなぎ合わせ、それを引き伸ばせたなら、およそ二〇〇億キロメートルの長さになる。これは、地球から太陽までを六五回も往復できる長さだ!
アベリーはとても控えめな人物で、自分の発見をあまり大げさに吹聴しなかったせいか、彼の結論に批判的な生物学者もいた。しかし、アベリーは正しかった。遺伝子はDNAでできている。この真実がようやく理解されて浸透し、遺伝学と生物学全体の新たな時代の到来を予感させた。遺伝子はついに、物理と化学の法則に従う安定した原子の集まり、すなわち、化学物質として理解されたのだ。
(ステップ2 遺伝子 遺伝子の正体)

自然淘汰は、進化の過程で起こるのみならず、われわれの体内の細胞レベルでも起きている。細胞の増殖と分裂を制御するうえで重要な遺伝子が、損傷を受けたり、配列し直されたりして、細胞が制御不能のまま分裂するのが、がんである。
生命体の集団内での進化と同じで、これらがん化した細胞は、身体の防御をすり抜けると、組織を作っている、健全な細胞の数を徐々に上回ってゆく。損傷した細胞の集団が増加するにつれ、細胞内でさらなる遺伝的な変化が起きる可能性が高まり、遺伝子の損傷が積み重なり、ますます侵襲性(しんしゅうせい)の高いがん細胞を生み出すことになる。このシステムは、自然淘汰による進化に不可欠な三つの特性を兼ね備えている。複製、遺伝システム、そして遺伝システムが変異する能力だ。人の命が進化することを許す状況そのものが、最も致命的な人間の疾患の一つの原因になるというのは逆説的だ。もっと実際的な面で言えば、集団生物学者と進化生物学者は、がんに関するわれわれの理解に大きく貢献できるはずなのだ。
(ステップ3 自然淘汰による進化 ある馬鹿げた考え)