あらすじ
本屋大賞受賞作『羊と鋼の森』の著者がおくる食エッセイ。「毎月一回食べもののことを書く。食べることと書くことが、拠りどころだった気がする。」(「まえがき」より)。北海道のトムラウシに1年間移住したり、本屋大賞を受賞したり……。さまざまな変化があった6年半の月日を、「食」をとおして温かく描き出す。ふっと笑えて、ちょっと泣けて、最後にはおなかが空く。やさしく背中を押してくれるエッセイ78編に、書き下ろし短編1編を収録。全編イラストつき


ひと言
宮下 奈都さんの「ワンさぶ子の怠惰な冒険」がよかったので、もう一冊。料理のエッセイ集という形をとっているけど、料理を通して見えてくる家族へのほっこりする愛情たっぷりなエッセイ集です。巻末の短編(ウミガメのスープ)もよかったです。「羊と鋼の森」はあまり自分には合わないなぁという感想でしたが、「ワンさぶ子の怠惰な冒険」「とりあえずウミガメのスープを仕込もう。」は読了感もとてもよく、宮下 奈都さんの他の作品も読んでみたいなぁと思いました。


クリスマスの夜、一緒に寝ようと誘う子供たちに、これからまだ仕事だというと、残念そうに寝室へ引き揚げた。テーブルの上に手紙が載っていた。むすめの字だった。一通はサンタさんへ。寒くて遠いのにありがとう、と書いてあったので、こっそり大きなハートマークを描いて返信とした。もう一通はママヘ。だいすきなママ、お仕事がんばってね、サンタさんにママヘのプレゼントもたのんでおいたよ、とあった。翌朝、むすめが嬉々として、ママにはどんなプレゼントが来た? と聞くので、ママはもう一生分のプレゼントをもらっちゃったんだよとむすめを抱きしめた。プレゼントは今、にこにこ笑って目の前にいる。
(クリスマスの夜)

冬の土曜日のことだ。その日はたまたま彼女の夫が子供たちを映画に連れていってくれるというので、午後からひとりで寄ると実家に連絡を入れたのだそうだ。すると、彼女のお父さんが、栗ごはんが食べたい、といったのだという。「普段はほとんど食事は一緒にしないの。私は家に帰って家族の分をつくらなきゃいけないから」それなのに、その日はなぜかリクエストがあった。しかも、栗ごはん。季節は過ぎている。「秋になったらつくるからね、って答えたの」ところが、なんの気なしに立ち寄った和菓子屋に栗まんじゅうがあった。彼女はふとひらめいて、お店の人に、もしかして栗を保存していないかと聞いてみたのだという。「そうしたら、茄でて冷凍してあるから、少しでよければどうぞって、立派な栗を分けてもらえたのよ」彼女は両親の好きな和菓子と、思いがけず手に入った栗を持って実家へ行った。リクエスト通りに栗ごはんをつくり、久しぶりに実家で一緒に晩ごはんを食べて帰ったのだそうだ。「その日は父も母も上機嫌でね、栗ごはん、おいしいおいしいってにこにこしながら」彼女のお父さんは、翌朝起きてこなかったそうだ。気がついたら、すでに息をしていなかったという。「びっくりして、悲しくって、私まで心臓が止まりそうになったけど」思い出したらしく、彼女の声が震えた。でも、笑顔だった。
「お父さんは栗ごはんで私を救ってくれたんだなって」大事な人が亡くなると、残された人は悲しみの上に後悔を重ねてしまう。ちゃんと会っておけばよかった、やさしくすればよかった、もっとしてあげられることがあったんじゃないか。それを、彼女のお父さんは栗ごはんひとつですべてクリアしてくれた。季節外れの栗ごはんは、お父さんへの、そしてお父さんからのやさしい贈りものだったのだと思う。すべての死が、思い出せば笑顔になれるような、悲しみや後悔を忘れさせてくれるような、温かい思い出とともにありますように。
(栗ごはん)

口数の少なくなった私を、担当編集者が心配そうに覗き込んだ。「宮下さん、どうですか。お口に合いませんでしたか」合わないわけじゃない。むしろ、ものすごくおいしい。だけど、もっと近い感想がある。「家族にも食べさせてあげたいと思いました」夫は、息子たちは、むすめは、そして実家の両親はこの料理を食べたらなんというだろう。素直にそう口にすると、担当編集者はにっこり笑った。「それって、最高のほめ言葉ですよね」あ、そうかも。これこそ、ものすごくおいしいってことなのかもしれない。
(ものすごくおいしい)