あらすじ
私はある日、私からの挑戦状を受け取った。―― 20名の巨星との〈接触〉を開始すべし。猪熊弦一郎、ポール・セザンヌ、ルーシー・リー、黒澤明、アルベルト・ジャコメッティ、アンリ・マティス、川端康成、司馬江漢、シャルロット・ペリアン、バーナード・リーチ、濱田庄司、河井寛次郎、棟方志功、手塚治虫、オーブリー・ビアズリー、ヨーゼフ・ボイス、小津安二郎、東山魁夷、宮沢賢治、フィンセント・ファン・ゴッホ――。どの物語を読んでも、ふたりの間に流れる親密な時間と愛情に満ちたやりとりに、つい笑みがこぼれてしまう。そして、巨匠と呼ばれた彼らの佇いや声色、人柄までもがじわりと伝わってきて、あたかもそのひとりひとりと握手を交わし、ハグしたような気分になる。巨匠たちの創作の秘密を解き明かす、10年ぶりの書き下ろしアート短編集誕生。
 
 
ひと言
年末に「予約していた本が用意できました」とのメールがあり、今年の最後の一冊になったのが大好きな原田 マハさんの本です。今年の9月、京都の清水寺で開催された「CONTACT つなぐ・むすぶ 日本と世界のアート展」にあわせて書き下ろした小説。
 
 
マハさんが好きな芸術家に、マハさんが好きな手土産を持って、マハさんが聞きたいこと、読者に伝えたいことを空想でインタビューするというという形で進んでいく。ちょっと脱線したりハチャメチャな内容であることもマハさんらしくていい。ただ欲を言えばもう少し一人一人のことを深く掘り下げてもらったほうがよかったかも…。ここ最近は新しいことに取り組み、読者を驚かせてくれるマハさん、来年も素敵な作品をどんどん読者に届けてくださいね。楽しみにしています♪
 
そう。この手紙は単なる手紙じゃない。挑戦状だ。 いまから、私は私にとてつもない無理難題を突きつける。私は物わかりが悪いほうだから、わかりやすく箇条書にしよう。箇条書の挑敵状なんて見たことも聞いたこともないがな……。……。
一、本状において前述した二十人の物故作家と会って、インタビューをする。
一、質問はひとつ、ないしはふたつとする。
一、必ず手土産を持参し、礼儀を尽くす。
一、インタビューのプロセスと内容をまとめ、掌編小説にする。
一、一編につき三千字~三千五百字とする。
一、パソコンで原稿を書く。手書き原稿は受け付けない。但し、序章に限っては手書き原稿での入稿を認める。パソコンにログインできないみたいなので。
一、〆切りは二〇一九年(令和元年)六月十日とする。……。
「ありえない! 〆切り六月十日って、今日六月一日だし! 今日入れて十日間しかないじゃないか?!」
(はじまり)
 
家業は衰退の一途をたどり、やがて廃業。棟方少年は、家計を助けるために裁判所の給仕となって働き始める。絵を勉強するお金などどこにもない。帰宅途中に公園に立ち寄り、写生をするのがやっと。けれど十八歳のとき、運命の出会いをする。青森在住の画家・小野忠明宅で雑誌「白樺」に掲載されていた、フィンセント・ファンこゴッホの絵「ひまわり」を目にするのだ。「はあ、あんときはもう、なんていうか、なんにも言葉が出てこなかったね。いまもおんなじ。ゴッホを見たときの、あの感じは、ああ、こっちから行かなくちゃ、そういう感じでね。向こうにこっちが抱かれるのを待ってちゃダメだってね。こっちから行って抱かなくちゃ。そういう感じでね、ウンウン」 奇しくもゴッホのタブロー(の写真)は棟方少年を強く、激しく呼んだ。こっちへ来い! と。棟方少年があまりにも熱心にゴッホの絵を見つめるので、小野忠明はその雑誌を彼にくれた。そしてそのとき、棟方少年が喜びのあまり叫んだのが、あの有名なひと言。  ―― わだばゴッホになる!
「ゴッホっていうのぱ『絵』のことだと思い込んだくらいでねえ。私が絵になり、絵が私になる。私と絵とがひとつになれるのは、板画なんだって、それから何年かして気がついたんですよ、うん」
(歓喜の歌 棟方志功)