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あらすじ
それを持っていれば、どんなにキツいことがあっても耐えられるというお守り「星のかけら」。ウワサでは、誰かが亡くなった交通事故現場に落ちているらしい。いじめにあっている小学六年生のユウキは、星のかけらを探しにいった夜、不思議な女の子、フミちゃんに出会う――。生きるって、死ぬって、一体どういうこと? 命の意味に触れ、少しずつおとなに近づいていく少年たちの物語。

 

ひと言
200頁ちょっとで、字も大きく、今まで読書があまり好きじゃない子どもでも数時間で読めるので、小学生の高学年の子どもたちに読んでもらいたいなぁと思う本でした。それをきっかけにして、だれの言葉だったか忘れたけれど「読書を趣味にすることができれば、人生はもっと楽しい」となってくれればいいなぁと思いました。

 

 

「絶対に言うなよ、家で」  エリカをにらみつけて、教室に向かった。 「言わないってば」  エリカはぼくを追いかけて、「少しは信じれば? ひとのこと」と付け加えた。 疑っているわけじゃない。でも、口止めをしないではいられない。  五年生の二学期にいじめが始まってから半年になる。いまのぼくは、今日はどんないじめに遭うんだろうということよりも、それを両親に知られたらどうしよう、 ということのほうが心配でしかたない。エリカの親がいじめのことを知ったら、確実に、絶対に、ウチの親にも伝わってしまうはずだ。それが怖くて怖くて……怖いというより、うまく言えないけど、想像するだけで死ぬほど悲しくて……だから、やっぱり、エリカを振り向かずに「言うなよ、マジ」と念を押した。 「本人が嫌がること、わたし、しないって。そんなことしたら、ダブルのいじめじゃん」 エリカはいままでずっと約束を守ってくれている。 でも、最近はそういうときには必ず、「でもね」と言う。「マジにキツくなったら、 やっぱり、オトナに言うしかないと思うよ」 「だいじょうぶだよ、まだ」 答えたあと、「まだ」っていう言い方はヘンだな、と自分でも思った。ヘンだし、 悔しいし、情けない。
(第一章)

 

 

「どうせ信じてくれないと思うけど……」 前置きして話そうとすると、エリカにぴしゃりと言われた。 「だったら、しゃべるのやめれば?」 「……え?」 「ひとに伝えたいことがあるんだったら、『信じろ!』 っていう気持ちでしゃべってくれる? 話を信じるか信じないかはわたしの勝手だけど、ユウキが本気でしゃべってることだけは、絶対に信じてあげるから」
(第二章)

 

 

「このカップ、おしゃれでしょう?」 チューリップの花が開いたような形をしたカップだった。口をつけるところが花びらのように薄い。細かな細工や模様が入った取っ手も、おしゃれなぶん細くて、ちょっと乱暴に扱うと折れてしまいそうだった。 「このカップ、フミが小学校に入学したときに、わたしの友だちからプレゼントしてもらったの」 ミチコさんは友だち同士でおしゃべりするような口調で話す。 「でも、フミはまだ小さいから、割れちゃったらイヤだから、ずっと使ってなかったの。だから『三年生になったら使おうね』って約束して、フミもそれをすごく楽しみにしてたんだけど……」  結局、一度も使えなかった。 「こんなことになるんだったら、最初から使わせてあげればよかったよね」 苦笑交じりのため息をついて、「そういう小さな後悔がたくさん残ってるの」とつづけた。「フミちゃんのことで、ですか?」とエリカが訊いた。 「そう。悲しいとか悔しいとか寂しいっていう気持ちも、もちろんあるけど、それよりも、こんな小さな後悔のほうが胸に染みてきちゃうんだよね」 人間の心っておもしろいでしょ? とミチコさんは笑って、まるでさっきのぼくの胸の内を読み取ったみたいに、つづける。
「『死ぬ』っていうのは、ただ『いなくなる』っていうだけじゃないの。『生きられなくなっちゃう』ってことなの」 「あの……それって、どういう意味ですか?」 思わず訊いた。エリカも隣で「教えてください」と言った。そんなぼくたちを交互に見たミチコさんは、紅茶とクッキーを仏壇に供えながら ―― だから、ぼくたちに背を向けて、さらに話をつづけた。 「生きてれば、フミはいろんなことができたの。このティーカップも使えたし、ピアノももっと上手になってたし、水泳だって息継ぎができるようになってたはずだし、高学年になって、中学生になって、高校生になって……おとなになったら、パン屋さんになるはずだったのよね、フミちゃんは」 遺影に語りかける声は、途中から「お母さん」の優しさになっていた。
「いろんな夢があって、やりたいことがたくさんあって……でも、もう、できなくなっちゃったんだよね、フミちゃんは。『死ぬ』っていうのは、もっと生きていたいのに生きられなくなっちゃうことで、もっといろんなことをやりたかったのに、もうなにもできなくなっちゃうことなの。だから悲しいの。だから、子どもは死んじゃだめなんだよね。やりたいことがまだまだたくさんあるんだから、なにがあっても死んじゃだめなのよね……」 ぼくたちを振り向いて「長生きしなさいよ、あんたたちは」と言った。顔は笑っていても、目はうっすらと赤く潤んでいた。
(第六章)

 

 

タカヒロさんは泣きだしそうに顔をゆがめた。ミチコさんは微笑んだまま、一歩、二歩とタカヒロさんに近づいていった。 「タカヒロくんが元気で生きてること、フミがいちばん喜んでると思うよ」 不思議だった。ミチコさんは目の前のタカヒロさんにだけ話しかけているのに、その声はぼくにも、まるで体の内側に直接響きわたるように届いた。 「タカくんが学校に行けなくなっちゃったのを、いちばん悲しんでるのもフミだと思うの」 「でも、オレ……」 「フミの代わりにお礼を言っていい?」「え?」「ずっと覚えてくれてて、ありがとう…… 夕力くんが生きてくれてて、ありがとう……」ミチコさんはそう言って、タカヒロさんの背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。
(第六章)

 

 

エリカは「あとちょっとだけ」とねばる。膝や手が汚れるのもかまわず、小さなガラスのかけらを必死に探す。 タカヒロさんもねばる。四つん這いになって、顔をほとんど地面につけるようにして探しつづける。 そして――。  「あった!」 タカヒロさんははずんだ声を夜空に響かせて、立ち上がった。 手のひらに載った星のかけらは、まだ光は放っていない。 でも、ぼくたちには確信があった。これはホンモノの星のかけらだ。フミちゃんの思いのこもった星のかけらが、いま、ここにある。 「おそらく…… これ、六年前の事故のときのフロントガラスの破片だよ。そこに歩道橋が建って、階段の陰になっちゃったから、ずーっと誰にも気づかれずに、お地蔵さまのそばにあったんだ」 マサヤが言った。 「待ってたんだよね、タカヒロさんと再会して、ミチコさんとももう一度会える日を」とエリカがつづけると、ヤノも「ユウキとかオレも、この瞬間のために、ここに呼ばれたのかもな……」とつぶやいて応えた。 タカヒロさんは黙って、星のかけらをミチコさんに差し出した。 ミチコさんは何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、そっと星のかけらをつまみ上げて、夜空に掲げた。 その瞬間、まるで真昼の太陽のようにまぶしい光が、ぼくたちに降りそそぐ。  光の中に、フミちゃんがいた。 笑顔だった。 口が勣く。ま・ま ――。  ママ ――。 ミチコさんは、足元をふらつかせながら光に向かって何歩か進み、まぶしさに目がくらんだように立ち止まった。
(第六章)