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あらすじ
昭和三十七年、ヤスさんは生涯最高の喜びに包まれていた。愛妻の美佐子さんとのあいだに待望の長男アキラが誕生し、家族三人の幸せを噛みしめる日々。しかしその団らんは、突然の悲劇によって奪われてしまう―。アキラへの愛あまって、時に暴走し時に途方に暮れるヤスさん。我が子の幸せだけをひたむきに願い続けた不器用な父親の姿を通して、いつの世も変わることのない不滅の情を描く。魂ふるえる、父と息子の物語。

 

ひと言
令和の最初の一冊に選んだのは、好きな重松 清さんの本。これまでも図書館で、まだ読んでいないこの本があることはわかっていましたが、他にも読みたい本がたくさんあって 評判のいい本だとはわかっていたのですが、今まで借りることのなかった本でした。令和の時代になったけれど、昭和のあたたかさのようなものを感じることができてほんとうによかったです。これからの令和もこんな父と子の物語がたくさん生まれますように!

 

 

黙って海を見ていると、どうしても美佐子さんのことを思いだしてしまう。美佐子さんが生きていれば、アキラの小学校入学を誰よりも楽しみにして、誰よりも喜んでいるはずだ。亡くなって二年半足らず。まだ笑顔がくっきりと思い浮かぶから、胸がじんとして、涙が出そうになる。
ひとの死を悲しむことができるのは幸せなのだ、と三回忌の法要のときに海雲和尚に言われた。ほんとうにつらいのは、悲しむことすらできず、ただ、ただ、悔やみつづけ、己を責めつづけるだけの日々なのだ、と。
(海に降る雪)

 

 

和尚は数珠を手のひらに掛けた右手を、「ふんっ!」と気合いを込めた声とともにアキラのほうに突き出して、言った。 「アキラ、これがお父ちゃんの温もりじゃ。お父ちゃんが抱いてくれたら、体の前のほうは温うなる。ほいでも、背中は寒い。そうじゃろ?」 アキラは、うん、うん、とヤスさんの胸に頬をこすりつけるようにうなずいた。 「お母ちゃんがおったら、背中のほうから抱いてくれる。そうしたら、背中も寒うない。お父ちゃんもお母ちゃんもおる子は、そげんして体も心も温めてもろうとる。ほいでも、アキラ、おまえにはお母ちゃんはおらん。背中はずうっと寒いままじゃ。お父ちゃんがどげん一所懸命抱いてくれても、背中までは抱ききれん。その寒さを背負ういうことが、アキラにとっての生きるいうことなんじや」
小学校入学前のアキラに言葉の意味がきちんとわかっているとは思えない。だが、アキラは黙って聞いていた。 「背中が寒いままで生きるいうんは、つらいことよ。寂しいことよ、悲しゅうて、悔しいことよ」―― 和尚の言葉のテンポに合わせるように、アキラの肩が小さく震えた。ヤスさんの胸に涙が染みた。 和尚の右手が動く。数珠を掛けたままの手のひらが、アキラの背中に添えられた。 「アキラ、温いか」 海雲和尚が訊いた。アキラの背中に当てた手は、すべてを覆い尽くしているわけではない。それでも、アキラは「少し……」と答えた。 「まだ、ちいと寒いか」 「……うん」 「正直でええ」 和尚は満足そうに笑い、かたわらの照雲に「おまえも当ててやれや」と声をかけた。 ヤスさんの手、和尚の手、照雲の手 …… 三人の手が合わさると、アキラの背中も、すっぽりと覆うことができる。「どうじゃ、温いじゃろうが」 和尚が言う。「これでも寒いときは、幸恵おばちゃんもおるし、頼子ばあちゃんもおる。まだ足りんかったら、たえ子おばちゃんを呼んできてもええんじゃ」―― ゆっくりと、拍子をつけて、アキラの背中を叩く。
「アキラ、おまえはお母ちゃんがおらん。ほいでも、背中が寒うてかなわんときは、こげんして、みんなで温めてやる。おまえが風邪をひかんように、みんなで、背中を温めちゃる。ずうっと、ずうっと、そうしちゃるよ。ええか、『さびしい』いう言葉はじゃの、『寒しい』から来た言葉じゃ。『さむしい』が『さびしい』『さみしい』に変わっていったんじゃ。じゃけん、背中が寒うないおまえは、さびしゅうない。のう、おまえにはお母ちゃんがおらん代わりに、背中を温めてくれる者がぎょうさんおるんじゃ、それを忘れるなや、のう、アキラ……」 浹をすすった。ひっく、ひっく、としゃくりあげた。 アキラではなく、ヤスさんが。
(海に降る雪)

 

 

 

「ヤス、海に雪は積もっとるか」「はあ?」「ええけん、よう見てみい。海に降った雪、積もっとるか」 積もるわけがない。空から降ってくる雪は、海に扱い込まれるように消えていく。 「おまえは海になれ」 和尚は言った。静かな声だったが、一喝する声よりも耳のずっと奥深くまで届いた。 「ええか、ヤス、おまえは海になるんじゃ。海にならんといけん」 「……ようわからんよ、和尚さん」 「雪は悲しみじゃ。悲しいことが、こげんして次から次に降っとるんじゃ、そげん想像してみい。地面にはどんどん悲しいことが積もっていく。色も真っ白に変わる。雪が溶けたあとには、地面はぐじゃぐじゃになってしまう。おまえは地面になったらいけん。海じゃ。なんぼ雪が降っても、それを黙って、知らん顔して呑み込んでいく海にならんといけん」 ヤスさん、黙って海を見つめる。眉間に力を込めて、にらむようなまなざしになった。
「アキラが悲しいときにおまえまで一緒に悲しんどったらいけん。アキラが泣いとったら、おまえは笑え。泣きたいときでも笑え。二人きりしかおらん家族が、二人で一緒に泣いたら、どげんするんな。慰めたり励ましたりしてくれる者はだーれもおらんのじゃ」 和尚が海に突きだした握り拳は、かすかに震えていた ―― 寒さのせいではなく。「ええか、ヤス……海になれ」 ヤスさんも胸が熱くなる。 「笑え、ヤス」 わははははっ、と笑った。笑うと、つっかい棒がはずれたように涙が目からあふれ出た。 波が寄せては返す。雪はあいかわらず降りしきっているが、海はそのすべてを呑み込んで、ただ静かに夜を抱いていた。
(海に降る雪)

 

 

 

肉じゃが、菜の花のおひたし、タコブツ、煮込み、そして…… 「一つしか残っとらんけん」と、ハマグリの吸い物を手早くつくって、お椀を泰子さんの前に置き、逃げるように照雲の前に立った。 「ハマグリはなあ、上の殼と下の殼がぴったり合うんは、この組み合わせしかないんよ。他の貝とでは合わんの。じゃけん、婚礼のお祝いに使うんよ。最後まで添いとげんといけんのよ、いうてね …… どげん苦労があっても、がんばって、がんばって、短気を起こさず、がんばって …… ほら、照雲ちゃん、聞いとるんっ? びいびい泣くなっ! あんた、おとなじゃろう!」
泰子さんはゆっくりと息をついて、お椀を両手で取った。「いただきます」と一礼して、目をつぶり、まるで三三九度の杯を干すように、吸い物をすする。 「おいしい?」と、たえ子さんはまたそっぽを向いて、面倒くさそうに訊いた。 泰子さんは静かにお椀を置き、「おいしいです……」と答え、あらためて一礼した。
(秘すれば、花)

 

 

「来てくださって、ほんとうにありがとうございました。父はもちろんですが、母も、私も、うれしいです」 いい家族だ、とヤスさんは思う。父親は生まれ故郷の備後から遠く離れた東京で、いい家族に出会い、幸せなわが家をつくったのだ。 昭之さんが顔を上げるのを待って、「おふくろさんはお元気でおられるんじやろう?」と訊いた。 「ええ、おかげさまで。いまも病室に詰めてます」 「失礼かもしれんけど、あんたのほんまのお父さんは、いま……」 「私が赤ん坊の頃に事故で亡くなりました。ですから、実の父親の記憶はまったくなくて、いまの父が、ほんとうに、私の父親なんです」 ここにもまた、なにかが欠けていたり、つぎはぎだったりする家族がいる。それでも、「幸せじゃったか?」とヤスさんが訊くと、少しはにかみながら「はい」とうなずく親子がいる。「両親は仲良しじゃったか?」と訊くと、息子が「ええ、すごく」と笑って答える夫婦がいる。ヤスさんは大きく二度うなずいて、「ウチもじゃ」と笑った。「わしも、幸せな人生を送らせてもろうとる」―― ほかには、もう、なにも言うことはなかった。 ヤスさんは大きく息をついて、「会わせてもろうてもええかな」と言った。……。……。
「目を覚ましたら、よろしゅう伝えてくれや、安男は元気で幸せにやっとります、息子を一丁前に育てて、いまから楽隠居ですわ、いうて」 玄関の外に出ると、初夏の陽射しが腫れぼったい目に染みた。これでいい。おてんとうさまも言ってくれている。手を握って頬をすり寄せて泣いた――親子なら、通じる。わかってもらえる。信じた。やっと確かめ合えた父親と息子のつながりは、言葉を交わすと逆に消えてしまいそうな気もした。
昭之さんはヤスさんの前に回り込んで、行く手をふさぐ。 「また来てもらえますか」 ヤスさんは黙って首を横に振った。 「今度は息子さんも一緒に……父にとっては、血のつながった孫になるわけですから」 「違うわい」 きっぱりと言った。「あのひとの孫は、あんたの子どもさんじゃ」とつづけた。 「ですから、それは確かにそうなんですが、やっぱりほんとうの……」 「ほんまもクソもあるか、家族に。大事に思うとる者同士が一緒におったら、それが家族なんじゃ、一緒におらんでも家族なんじゃ。自分の命に替えても守っちゃる思うとる相手は、みんな、家族じゃ、それでよかろうが」 ヤスさんは『備後もなか』の入った手提げ袋を昭之さんに差し出した。 「田舎の名物じゃ。あのひとも懐かしがってくれるわい。自分ではよう食わんでも、あんたやおふくろさんや、あんたの子どもさんらが、うまいうまい言うて食うてくれれば、あのひともうれしいわい」
(ヤスさんの上京)

 

 

〈海雲和尚の手紙には、おそらく安男はまだなにも話していないだろうから、と前回きして、母の死のことが書いてあった。海雲和尚の言うとおり、父は僕が中学二年生のときに告白したきり、母の死については一度も話題に出さなかった。やはり母への贖罪の意識があるのだろうと思っていたが、そうではなかった。母が自分の命と引き替えに救ったのは、僕だったのだ〉
安男の嘘をゆるしてやってほしい、と和尚は書いていた。 おまえのためを思って、悩んで悩んで、悩み抜いたあげくついた嘘なのだ、ともあった。 〈筆で書かれた海雲和尚の字は、僕の知っている字よりずっと弱々しかった。きっと体の具合が悪くなってから書いてくれたのだろう〉 和尚の言葉は文字どおりの遺言だった。おまえは母に命を守られ、父に育てられ、たくさんのひとに助けられて、成人式を迎えるまで大きくなった。それをどうか、幸せだと思ってほしい。生きて在ることの幸せを噛みしめ、育つことの喜びを噛みしめて、これからの長い人生を生きてほしい。感謝の心を忘れないおとなになってほしい。母に、まわりのひとたちに、そしてなにより父に――おまえを世界の誰よりも愛してくれた父に、いつか、ありがとう、と言ってやってほしい……。 〈手紙を読んで涙が止まらなくなったのは生まれて初めてだった。誰に向かって、どんな思いで泣いているかは自分でもわからなかった。ただ、ハナをすするときに片方の穴に指で蓋をして、右、左、右、左、と交互にすするのは、テレビドラマの最終回や甲子園の高校野球の閉会式を観て泣くときの父と同じ癖だった〉 自分はもうじき逝く、と和尚は最後に書いていた。 美佐子さんに会えたら、アキラは立派に一人前のおとなになった、と伝えてやる。美佐子さんの喜ぶ顔が目に浮かんで、いまから向こうに行くのが楽しみでしかたない。 だが、美佐子さんがいちばんうれしく思うのは ―― と、最後の最後に、あった。おまえが父の偽りの告白を聞いたあとも、一度たりとも父を恨まずにいてくれたことだろう。
〈和尚の手紙を読んで初めて気づいた。僕は確かに、母は父をかばって死んだんだと思い込んでいた。だが、ほんとうに、ただの一度も、「父のせいだ」とは思わなかったのだ。父は告白したあと「恨んでもいい」と言った。僕もそのときはうなずいた。それでも、父を恨むことはまったくなかった。我慢したのではなく、そんな思いはいっさい湧いてこなかったのだ。そのことが僕はうれしい。僕自身ではなく、僕に恨みを抱かせなかった父を誇りに思う。父は嘘をついていた。僕は二十歳になって、真実を知った。だが、ほんとうにたいせつな真実というものは、父と過ごした日々にあったのかもしれない〉
(ヤスさんの上京)

 

 

ヤスさんは息をゆっくりと吸い込んで、言った。 「わしは備後に住む。あの家で、これからもずうっと、ずうっと、暮らすけん」 「……なんで?」 「わしが備後におらんと、おまえらの逃げて帰る場所がなかろうが」 「逃げるって、そんな……」 「ケツまくって逃げる場所がないといけんのよ、人間には。錦を飾らんでもええ、そげなことせんでええ。調子のええときには忘れときやええ、ほいでも、つらいことがあったら思いだせや。最後の最後に帰るところがあるんじゃ思うたら、ちょっとは元気が出るじゃろう、踏ん張れるじゃろうが」 閉じたまぶたの中で、照雲が笑っている。たえ子さんが笑っている。会社の若い衆が笑っている。そして、美佐子さんが、優しく何度もうなずいてくれていた。
(ふるさと)