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あらすじ
ゴッホもこんなふうにパンをかじりながら、サン=レミからパリへと戻ったのかもしれない。小説、アートと同じくらい「おいしいもの」が大好き!『楽園のカンヴァス』『暗幕のゲルニカ』『たゆたえども沈まず』などの取材先で食べた「思い出の一品」をつづる満腹エッセー集。

 

ひと言
「フーテンのマハ」を読んでマハさんのグルメな一面を見せてもらい、どれどれ、マハさんのお勧めのお店は?と楽しく読まさせてもらいました。
さすが外国が似合うマハさんだけあって 海外の食べ物やお店も多数紹介されていましたが、まず余生で行くことがないだろうからパス。(教えたくない店)で紹介された京都の「天ぷら 松」や、他にも紹介されたお店にも、もし機会があれば行ってみたいです。たくさんのお店を教えていただきありがとうございました♪

 

 

長野県の上高地へ行ってきた。目指すは歴史と伝統を誇る老舗ホテル、上高地帝国ホテル。
……。ここでの名物はなんといっても朝食のパンケーキ。「食べなきや来た意味ない」と千鈴のイチオシもあって、注文してみた。三層になった熱々のパンケーキに、バターを塗り、メープルシロップをとろりとかけて……ふわっふわの口あたり、上品な甘さは、まさに天上的。この地の空気、水、光、すべてがこの一品を引き立てている。
(上高地のパンケーキ)

 

 

実は私、人生で二度ほどプラットそば(いま命名)を体験したことがある。三十代、某商社に勤務していたときのことで、出張先の富山県富山駅の立ち食いそばと、同じく佐賀県鳥栖駅の立ち食いそばの暖簾を続けざまに突破した。その頃、そのどちらも日本プラットそば界の最高峰との噂があり、「なんとしても食べてみたい……」という好奇心のほうが勝った。
(プラットそば)

 

 

たとえば、私が「生まれ変わり」告白をした牡蠣なんかも、そのひとつである。岡山県備前市日生(ひなせ)町は、牡蠣の養殖が盛んで、冬期にはぷりっぷりの大粒牡蠣がとれっとれである。これは、そのまま食べてもおいしいに違いないのだが、私の場合、日生の牡蠣は、もっぱら「カキオコ」で食べたいのである。 「カキオコ」という不思議な名前の食べ物は、「牡蠣入りお好み焼き」の略称。誰がいつどうやって始めたのかは知らないが、日生に行くと、「カキオコ」を看板にしているお好み焼き店がずらりと通り沿いに並んでいる。
(カキオコとえびめし)

 

 

私は祇園祭の「屏風祭」をしている町家にお邪魔した。そのときにご当主に和菓子でもてなしていただいたのだが、これが忘れられない味だった。笹に包んであるつるんとしたゼリーのようなもの。ほんのり甘く、ひんやりとした食感。見た目にも食べても涼やかで、品がいい。「西湖」(紫野和久傳)という名の美しいお菓子は、京都の夏の化身のごとし。町家のほの暗いお座敷でのひと口は、最高の贅沢だった。
(京都の夏の和菓子)

 

 

広島のえびす通り商店街にある割烹「たこつぼ」が、そのひとつである。名前からして覚えやすくてユニークなこの店は、十年ほどまえに、広島へ取材に行ったときに紹介されて立ち寄った。
……。それ以来、広島へ行くたびに立ち寄っている。先週も訪ねて、穴子のひつ蒸しを注文した。四角い「ひつ」で、ひとつひとつ、注文が入ってから蒸すのだそうだ。ふたをあけると刻み海苔の香りが立ち上る。海苔の下には、炊きたてのご飯にのせられた、ふわふわでほんのり甘い穴子。取材旅の喜びと、旅グルメの楽しさを教えてくれた名店である。
(穴子のひつ蒸し)

 

 

「人には教えたくない店」は、私の場合、京都に集中している。……。その店は、嵐山から少し南に下った地域、松尾大社の近くにある。川のほとりに建つ、ぱっと見はなんということのない店構えだ。この店がとんでもない店なのである。……。 天ぷら屋だと聞いていたので、まずなんの天ぷらが出てくるのかと待ち構えていたら、全然違う。とうもろこしのポタージュ、カラスミと蒸しあわびの前菜、のどぐろの炭火焼き、美山の鮎の塩焼きなどなど、旬の食材が次々と登場。しかも、それぞれに北大路魯山人作の碗やら、尾形乾山作の皿やら、チェコスロバキアの人間国宝的職人のガラスの食器やら、ええっ!?と驚くような器に盛られ、季節の草花を添えられて出てくるのだ。鮎で出汁をとり一年間寝かせたつゆでいただく「鮎そうめん」のおいしさたるや。そしてすっかり忘れたころに真打ち登場、天ぷらとなる。熱々、さくさくの衣の旬の野菜と魚の天ぷらを、少しだけ。これがなんともすばらしい。で、肝心の店の名前だが……いや、やっぱり言わずにおこう。ぜひ、探してみてください。
(教えたくない店)

 

 

卒業後に実家のある東京へ帰ってからも、折々に舞い戻った。そしてその都度、必ず立ち寄ったレストランがある。その名を「もん」という。 三宮の繁華街にあるこの店には「欧風料理」と肩書が付いている。つまり、洋食屋である。昭和十一年創業、「鉈で切ったビフテキ」が食べられるハイカラな店だったらしい。その頃のイメージを今に伝えるノスタルジックなインテリアは神戸らしさ満載。私は学生時代から、この店のなんともいえぬ雰囲気が大好きで、月に二回は出かけて行った。特に名物のとんかつ定食は、さくさく衣の柔らかいヒレカツを特製ソースにつけていただく。カレー風味のゆでキャベツの付け合わせ、赤だしの味噌汁も絶妙なコンビネーション。……。「もん」で食べるとんかつ定食。なんの変哲もない、けれどほかにはない。唯一無二の「作品」と呼びたい。
(神戸のとんかつ)

 

 

「うまかもん」があれこれあって迷ってしまうグルメな港町・長崎を取材で再訪した。……。
ガイドブックのご当地グルメのページに「長崎名物・トルコライス」とみつけたときに「この名前、どういう由来だろうか」と不思議に思った。が、謎だからこそ食べに行く価値がある。さっそく地元で評判の「トルコライスが食べられる店」に乗り込んだ。……。待つこと数分、「おまちどおさま~」と運ばれてきたのは、どどーんと盛りつけられたワンプレートランチ。ピラフにカレー、スパゲティナポリターナ、デミグラソースがかかったとんかつ、ポテトサラダが、いっせいにわっしょいわっしょい!とのっかっている。「まさか」と思わず二度見した。だって夢みたいなんだもの。私が子供の頃から大好きだった食べ物がほぼ全部(ラーメン以外)いっぺんに出てくるなんて! 仏は夢中でトルコライスを食べた。
(長崎のトルコライス)

 

 

「カレーの聖地」(と一部のカレー好きのあいだで呼ばれているらしい)神保町にある超老舗・共栄堂へやって来た。大正十三(一九二四)年創業、なんと今年(二〇一七)開業九十三年! カレーライスー筋に九十三年間営業を続けているなんて、世界的にみても珍しいんじゃないだろうか。いや、ほんとに。 そして、共栄堂の名物は「スマトラカレー」。ただのカレーじゃなくて、「スマトラ」が枕に付いている。ここがポイントである。……。ランチタイムに共栄堂に行くと、ずらりと行列ができている。しかし、憂うことなかれ。この店、ものっすごく回転が早いことでも有名なのである。その秘訣は「相席」。問答無用で相席なのである。大テーブルなどではなく、普通の四人席での相席なので、見知らぬ人の顔が目の前にある。そりゃ気まずい……と憂う事なかれ。注文したカレーはまたたくまに出てくる。しかし食べるのに時間がかかるのでは? いやいや、これまた憂うことなかれ。辛過ぎず、熱過ぎず、そしてうま過ぎるカレーは、あっと言う間に食べ終わってしまう。 秘伝のソースには二十数種類のスパイスと、形がなくなるまで煮込んだ野菜、肉のうまみが凝縮されて……なるほど、九十余年も愛され続けるのには様々な理由かあるのだ。
(スマトラカレー)