あらすじ
パリ、NY、東京。世界のどこかに、あなたが出会うべき絵がきっとある。その絵は、いつでもあなたを待っている。人生の岐路に立つ人たちが辿り着いた世界各地の美術館。巡り会う、運命を変える一枚とは――。故郷から遠く離れたNYで憧れの職に就いた美青は、ピカソの画集に夢中になる弱視の少女と出会うが……(「群青 The Color of Life」)ほか。アート小説の第一人者が描く、極上の6篇。
パリ、NY、東京。世界のどこかに、あなたが出会うべき絵がきっとある。その絵は、いつでもあなたを待っている。人生の岐路に立つ人たちが辿り着いた世界各地の美術館。巡り会う、運命を変える一枚とは――。故郷から遠く離れたNYで憧れの職に就いた美青は、ピカソの画集に夢中になる弱視の少女と出会うが……(「群青 The Color of Life」)ほか。アート小説の第一人者が描く、極上の6篇。
ひと言
今年の本屋大賞の10作品にはノミネートされずとても寂しく思っていましたが、この本はこれこそ原田 マハと言える作品でした。6編全てよかったのですが、やっぱり最後の「道」がよかったです。周りに人がいる所で読んでいて、「これ読み続けるとやばいかも」と思いましたが、途中でやめることができなくて…。案の定 周りに人がいるのに号泣でした。2018年11月発行だから来年の本屋大賞のノミネート作品になるのかな。原田マハさんに本屋大賞を取ってもらって、もっと多くの人に多くの素敵な作品を読んでもらいたいというのが私の願い。原田 マハさん いつも素敵な作品をありがとう♪
今年の本屋大賞の10作品にはノミネートされずとても寂しく思っていましたが、この本はこれこそ原田 マハと言える作品でした。6編全てよかったのですが、やっぱり最後の「道」がよかったです。周りに人がいる所で読んでいて、「これ読み続けるとやばいかも」と思いましたが、途中でやめることができなくて…。案の定 周りに人がいるのに号泣でした。2018年11月発行だから来年の本屋大賞のノミネート作品になるのかな。原田マハさんに本屋大賞を取ってもらって、もっと多くの人に多くの素敵な作品を読んでもらいたいというのが私の願い。原田 マハさん いつも素敵な作品をありがとう♪
ホテルヘ帰って、ひとりになるのが怖かった。余計なことを考えてしまいそうで。橋の上にずらりと軒を並べる宝飾店のショウウィンドウを見るともなしに眺めながら、あおいの足は、いつしかどこかへ ―― ウフィツィ美術館へと向かっていた。 学生時代、胸をときめかせながら訪れた美術館。一度は見たいと思っていたボッティチェリの〈ヴィーナスの誕生〉を目にした瞬間に感じた、あのまばゆさ。 ―― もう一度見にいってみよう。が、入り口には長蛇の列ができていた。入場までに一時間以上はかかるとわかって、あきらめた。会いたかった友につれなくされたような、しょっぱい気持ちが広がった。 だったら、とあおいは気を取り直した。行ったことのない美術館へ行ってみよう。フィレンツェは美の宝庫なのだ。いくらでも見るべきものはある。 そうして、あおいが訪れたのはパラティーナ美術館だった。……。……。そして――。 見覚えのある一枚の絵の前で、あおいの足がぴたりと止まった。 漆黒の中に浮かび上がる、光り輝く聖なる母と子。微笑をうっすらと口もとに点して、慈愛に満ちたまなざしを我が子に注ぐ、そのうつくしい姿。あ。これは ―― 。 ラファエロの〈大公の聖母〉だ。あおいは、光のヴェールに包まれた聖母と幼子イエスの像を前にして、記憶の川をさかのぼる小舟に乗った。
遠い日、母の仕事机の前に貼られていた一枚の切り抜き。古雑誌の一ページに載せられていた写真の切り抜きである。 捨てればいい、けれど捨てるのが借しくて、マドンナを壁に貼り出した母。娘にみつけられて、なんだか照れくさそうだった。―― お母さん。 あおいは、胸のうちで呼びかけた。 ―― 思い出したよ、約束。 今度、帰ったら …… ハーモニカ、直しに出すからね。あおいの目に、ふいに涙が込み上げた。同時に、うふふ、としょっぱい笑いも込み上げた。
(マドンナ)
遠い日、母の仕事机の前に貼られていた一枚の切り抜き。古雑誌の一ページに載せられていた写真の切り抜きである。 捨てればいい、けれど捨てるのが借しくて、マドンナを壁に貼り出した母。娘にみつけられて、なんだか照れくさそうだった。―― お母さん。 あおいは、胸のうちで呼びかけた。 ―― 思い出したよ、約束。 今度、帰ったら …… ハーモニカ、直しに出すからね。あおいの目に、ふいに涙が込み上げた。同時に、うふふ、としょっぱい笑いも込み上げた。
(マドンナ)
ふたりが最後に行き当たったのは、東山魁夷の作品〈道〉だった。 さわやかな夏の草原に、一本の道が通っている。まっすぐに、手前から奥へとやがて消えゆく道。どこまでも続く長い道。吹き渡るさわやかな風とあふれんばかりの草いきれまでが感じられる画面に、ふたりは長いこと見人っていた。 「この作品を描くことで、画家は多くのものを得たんでしょうね」 沈黙のあとに、翠はそう言った。 「あざやかな色彩、無駄のない構図、落ち着いたタッチ。理想的なスタイルを得て、次の段階に移行することができたんだわ」 鈴木はやはり黙って聞いていたが、やがておだやかな声でひと言、言った。 「多くのものを捨てたんだと、僕は思います」 翠は、鈴木のほうへ顔を向けた。絵に向き合ったままで、鈴木は続けた。 「全部捨てた。そうしたら、道が見えてきた。この絵を見ていると、そんなふうに感じます」 独り言のような、何気ないつぶやき。それなのに、静かな真理があった。 鈴木の言葉は、まぎれもなく画家の言葉だった。それは、池に投げ込まれた小石のように、ぽちゃりと小さなしぶきを上げて、翠の心の底に沈んでいった。
(道)
三ケ月ほどまえ、病院に見舞った西川教諭に、お願いがあります、と明人は言った。 描きかけの大作があるんです。けれど、どうやら完成させるだけの気力も時間も、私には残されていないようです。 その作品を、ある賞に出そうと思っていました。応募の締め切りは来月ですが、先生、その絵を出していただけませんでしょうか。 ええ、描きかけです、わかっています。けれど、審査員のうち、ひとりだけ、きっと気づいてくれる人がいます ―― 誰がそれを描いたのかを。「あなたのことでしょうか?」 西川教諭が訊いた。翠は黙ってうなずいた。
(道)