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あらすじ
筑前の小藩・秋月藩で、専横を極める家老・宮崎織部への不満が高まっていた。間小四郎は、志を同じくする仲間の藩士たちとともに糾弾に立ち上がり、本藩・福岡藩の援助を得てその排除に成功する。藩政の刷新に情熱を傾けようとする小四郎だったが、家老失脚の背後には福岡藩の策謀があった。藩財政は破綻寸前にあり、いつしか仲間との絆も揺らぎ始めて、小四郎はひとり、捨て石となる決意を固めるが―。いま最も注目を集める新鋭が放つ、いぶし銀の傑作。

 

ひと言
「散り椿」が小説、映画とも、とてもよかったのでもう1冊 葉室 麟さんの本を借りました。葉室さんの本には『凛』とした人々の生きざまが描かれていて、現代にはないその生き方に憧れ、自分もそうありたいと思いながら読むんだろうなぁ。素敵な本をありがとうございました。

 

 

七興は小四郎にしなだれかかった。 「金というものは、雨のように天から降りまへん。泥の中に落ちてるもんだす。手を汚さんでとることはできまへん。要は誰が腹をくくって、手を汚すかや。それに商人というのは金の力しか信用しまへん。金を受け取ってくれたひとだけが味方やと思います。間様がお金を受け取ってくれなんだら、今度の話も考え直さなあかんかもしれまへんな」
(十五)

 

 

「時折、こうして腰かけて山を見ておると、秋月を思い出す。十八年、島暮らしをしたが、思い出すのは不思議に秋月の山の景色だな」 「さようですか」 余楽斎は織部の胸中を思って、胸がつまる思いがした。 「ひとは美しい風景を見ると心が落ち着く。なぜなのかわかるか」 「さて、なぜでございますか」
「山は山であることに迷わぬ。雲は雲であることを疑わぬ。ひとだけが、おのれであることを迷い、疑う。それゆえ、風景を見ると心が落ち着くのだ」
余楽斎は織部が眺めている青々とした山並みを見ながら、確かにそうかもしれない、と思った。織部はチラリと余楽斎の顔を見てきっぱりと言った。 「間小四郎、おのれがおのれであることにためらうな。悪人と呼ばれたら、悪人であることを楽しめ。それが、お前の役目なのだ」 余楽斎の胸中に、藩政を陰から動かしていくことの後ろめたさがあることを見抜いていたのだ。
(十六)