イメージ 1 あらすじ
小学校の卒業記念に埋めたタイムカプセルを開封するために、26年ぶりに母校で再会した同級生たち。夢と希望に満ちていたあのころ、未来が未来として輝いていたあの時代―しかし、大人になった彼らにとって、夢はしょせん夢に終わり、厳しい現実が立ちはだかる。人生の黄昏に生きる彼らの幸せへの問いかけとは。

ひと言
読み終えて重松さんの歳を確認してみました。確か自分より少し若かったよなぁ。1963年生まれ、私より2つ若い。1970年の万博のときは重松さんは小学2年、自分は小学4年。はっきり覚えていないけど、万博も5回ぐらいは行ったと思う。うちの小学校では5、6年は遠足で万博へ行ったのに、4年生だった自分は遠足では行けなかったのがすごく残念だった想い出。
懐かしいなぁ… 太陽の塔を近くで観たいなぁ 太陽の塔に触れてみたいなぁ。ネットで太陽の塔と検索をかけると太陽の塔予約システムというのがあり、うれしくなって氏名とメアドを登録し、お盆に大阪へ帰省する日時にあわせて入館予約をしようと思いましたが、残念ながら希望する日時は空いていませんでした。でも、いつか、できればみんなで観に行きたいと思いました。


「万博って、ウチの両親も行ってるんです。高校生の頃だったんですよね、二人とも。高橋さんはいくつのときだったんですか?」 「小学二年生。ハ歳だな」 「ほらあ、高橋さん、やっぱり若いじゃないですかぁ」 「……三十一年前なんだからさ」 太陽の塔の話を、少し教えてやった。
ホンモノの塔の高さは七十メートル。丹下健三が設計したお祭り広場の屋根を突き破って、そそり立っていた。未来をあらわす金色の顔は直径十一メートル、おなかの顔のレリーフは現在をあらわして直径十一メートル五十センチ、信楽焼でつくられた背中の黒い顔は過去。金色の顔の目玉には直径五十センチの電球が入っていて、毎日午後六時に光が放たれた。「すごいですね、数字まで覚えてるんですか」
「塔は、太陽の塔だけじゃなかったんだ。青春の塔と母の塔もあったんだけど、まあ、とにかく太陽の塔だよな。俺たちの世代にとっては、東京タワー以上のシンボルだから」 「中に入れるんですか?」 「途中まで、らせん階段で上れた。生物の進化の歴史をたどる展示があったんだけど、薄暗くて、ちょっと怖かったな」過激派の若者が、太陽の塔の目玉にたてこもった事件もあった。三月十四日の開幕から約一カ月半後の四月二十六日に事件が起きて、男は八日間たてこもった。その間、男が焼け死ぬ恐れがあるから、と目玉の点灯は中止されたのだ。
優香里には「過激派」の意味から説明しなければならなかったが、ふだんは思いだす機会のない記憶をたどっていくのは予想以上に心地よかった。なにか、頭の中の掃除をしているような気もする。
モノレールに動く歩道、ロープウェイに電気自動車、テレビ電話、空中ビュッフェ、空中エスカレータ、手塚治虫が設計したフジパンロボット館、蚊遣りブタのデザインのガス・パビリオン、古河パビリオンの七重の塔、ワコール・リッカーミシン館の万博結婚式、三百六十度の球面マルチスクリーンのあった東芝IHI館……。
毛糸玉から糸を引き出すように、思い出が次々に、途切れることなくよみがえる。エアドーム式のアメリカ館の目玉は、アポロ11号が待ち帰った月の石と、月着陸船だった。アポロ12号の宇宙飛行士もアメリカからやってきた。ソ連館も宇宙船ソユーズとボストークを展示していた。ロンドン橋の形のイギリス館、水中に建っていたオランダ館、ガラス張りのチェコ館……。
「万博のテーマは『人類の進歩と調和』だったんだ。ベトナム戦争のこととか全共闘のこととか、公害とか、核実験とか、親父やおふくろが話してるのは聞いてたけど、そういうのも未来には……二十一世紀にはぜんぶなくなって、世界は平和になって、宇宙にも行けるようになって、ガンで死ぬひともいなくなってるって、そういう未来が絶対に来るんだって、信じてたんだ。信じることができたんだよ、万博を見てると」 自分でも驚くほど熱の入った口調になった。クサかったかな、と一瞬悔やんだ。
(第四章)

「僕ね、独身で、こういう病気と付き合ってるでしょ。そうしたら、『なんとかのために』も『なんとかのせいで』も、あんまり信じられなくなっちゃうんですよね」 自分が誰のために生きてるのか。誰のせいでこんな病気になってしまったのか。考えても考えても、ぽっかりと空白が残ってしまう、という。 「それでね、こんなこと思うわけです。『ために』と『せいで』を遣うひとって、ずるいよな、って」 「……どこがだよ」 「ジャイアンは家族のためにがんばって、失敗しちゃったんでしょ。じゃあ、それは家族のせいです。自分のせいじゃないです」「違う、俺が悪いんだよ。俺のせいだって言ってるだろ」 「だったら、ジャイアンはいままで、家族じゃなくて自分のためにがんばってきたんですよ。家族を幸せにするためじゃなくて、家族を幸せにする自分のために、がんばったんじゃないんですか?」 「………わけわかんねえよ、屁理屈言うなよ、なにも知らないくせに」 語気を強めると、それをいなすように杉本はふふっと笑う。 「自分のためにがんばって、自分のせいで失敗した。自爆ですよ、ジャイアン。自業自得っていうか……」 思わず椅子から立ち上がった。つかみかかりたいのをこらえ、怒鳴り声をあげるのもこらえて、奥歯を食いしばると、頭の芯が重く痛んだ。
(第七章)

「ジャイアン、ちょっと待ってくれ」「もういいよ、おまえと話してもしようがねえや」「いいから」 追いかけて、背広のポケットからコスモスの種の袋を取り出した。 「これ、おまえにやる。大阪の住宅展示場で、彼女が貰ったんだ。家の庭で咲かせたいからって、でも、陽当たりが悪いから、咲かなかったらかわいそうだからって、俺にくれたんだ」 「だったら、おまえのものだろ。要らねえよ、こんなの」 「ジャイアン、いいから、貰ってくれよ」 頼む――と頭を下げて、袋を無理に握らせた。 「すぐに捨てるぞ? それでもいいのか?」 「ああ、ジャイアンが捨てるんなら、いい。でも、蒔いてみてくれ。花が咲いてる庭を、彼女に見せてやってくれよ。ジャイアンちがどんな庭か知らないけど、花はちゃんと咲くんだって……教えてやってくれよ。そうしないとさ、このままだと、ほんとにおまえたち……」 徹夫はなにも言わずに、また歩きだした。袋を面倒くさそうにズボンのポケットに入れた。 克也はもう追いかけない。遠ざかっていく徹夫の背中をじっと見つめる。
(第七章)

「ドラえもんってさ、未来のいろんな道具をのび太に貸してやるだろ。でも、その中に、勇気の出てくる道具はないんだよ。おまえの名前の。ユウキじゃなくて、心の。ユウキな」 「はあ?」 「二十二世紀だか二十三世紀だか知らないけど、どんなにすごい未来でも、勇気を持ってくるのはできないんだ。勇気はいまの自分からしか湧いてこないんだよ」 「……どうしたの? なんか、わけわかんないこと言ってない?」 「カッコいいこと言ってるだろ、パパ」 ははっ、と自分で笑い飛ばして、ステアリングを両手で握り直す。あいかわらず雨はどしゃ降りで、視界が悪い。 前方を、ぐっとにらみつけた。 さすがに照れて由輝には旨えなかった、「カッコいい」ことが、もうひとつ。 万博の太陽の塔の「現在の顔」が、なぜ、あんなにおっかない表情をしているのか。あれは勇気を持って困難に立ち向かうときの顔だったんだな――と、いま、確かに思う。
(第九章)