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あらすじ
いじめを苦に自殺したあいつの遺書には、僕の名前が書かれていた。あいつは僕のことを「親友」と呼んでくれた。でも僕は、クラスのいじめをただ黙って見ていただけだったのだ。あいつはどんな思いで命を絶ったのだろう。そして、のこされた家族は、僕のことをゆるしてくれるだろうか。

 

ひと言
図書館の重松 清さんの棚で「あっ この本読んだことがない」と見つけた本でした。背表紙には Teens のシールが貼ってありました。やっぱりこの本は中学生や小学校高学年の子どもに読んでもらいたいよなと思いました。読み終えてすぐスウェーデンの「スクーグスチルコゴーデン」を調べてみました。とても素敵な「森の墓地」で、重松 清さんもここを訪れ「十字架」というタイトルの本を書こうと思うぐらい感銘を受けたんだろうなぁと思うと、自分も行ってみたいなぁという気持ちになりました。
 
ひとを責める言葉には二種類ある、と教えてくれたのは本多さんだった。 ナイフの言葉。 十字架の言葉。 「その違い、真田くんにはわかる?」 大学進学で上京する少し前に訊かれた。僕は十八歳になっていて、本多さんは三十歳だった。 答えられずにいる僕に、本多さんは「言葉で説明できないだけで、ほんとうはもう身に染みてわかってると思うけどね」と言って、話をつづけた。
「ナイフの言葉は、胸に突き刺さるよ」「……はい」「痛いよね、すごく。なかなか立ち直れなかったり、そのまま致命傷になることだってあるかもしれない」でも、と本多さんは言う。「ナイフで刺されたときにいちばん痛いのは、刺された瞬間なの」 
十字架の言葉は違う。「十字架の言葉は、背負わなくちゃいけないの。それを背負ったまま、ずうっと歩くの。どんどん重くなってきても、降ろすことなんてできないし、足を止めることもできない。歩いてるかぎり、ってことは、生きてるかぎり、その言葉を背負いつづけなきやいけないわけ」 どっちがいい? とは訊かれなかった。訊かれたとしても、それは僕が選べるものではないはずだから。 代わりに、本多さんは「どっちだと思う?」と訊いてきた。「あなたはナイフで剌された?それとも、十字架を背負った?」僕は黙ったままだった。しばらく間をおいて、本多さんは「そう、正解」言った。
(第二章 見殺し)

 

 

ユーラシア大陸をいったん東の端まで横断したあと、シベリア鉄道で今度は東から西へ渡る。ヨーロッパの各地を巡って、最後はスウェーデン ――『スクーグスチルコゴーデン』とあった。 聞いたことのない名前だった。 「ここって、有名なのか?」 「わたしは知らなかったけど……」 紙が挟んであったのが、まさにそのスクーグスチルコゴーデンを紹介したページだった。
『森の墓地』という意味らしい。ストックホルム郊外の森がまるごと墓地になっていて、礼拝所や火葬場もある。解説文によると、世界的に有名な建築家が設計して、風景と墓地との調和は芸術作品とさえ呼ばれているのだという。
芝生の丘に、大きな十字架が立っている。 青空を背景にしたその十字架は、色は沈んだ灰色だったが、サイズが大きいからか、よけいなレリーフや装飾がなにもないからなのか、墓地に立つ十字架とは思えないような明るい雰囲気だった。それでいて、まわりになにもない丘のてっぺんなので、ぽつん、とひとりぼっちの寂しさもある。
(第四章 卒業)

 

 

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「きょうだいいるんだっけ」「いえ、一人です」 「じゃあ、親父さんとおふくろさんのほうが寂しがってるんだ」 「なんか、新婚時代に戻ったとか言ってますけど」 ははっ、と田原さんは笑って、「強がるんだよ、親は」と言った。僕も、それは少し、思う。 「寂しさってのは、両方で分かち合うものじゃないんだ。自分は寂しがってても向こうはそうでもなかったり、その逆のパターンだったり……。片思いみたいなものだよ。だから、寂しいっていうのは、相手がそばにいないのが寂しいんじゃなくて、なんていうか、そばにいない相手が、自分が思うほどには自分のことを思ってくれてないんじゃないか、っていうのが寂しいっていうか……その寂しさが寂しいっていうか……」 よくわからなくなっちゃったな
(第六章 別離)

 

 

「俊介くんの親父さんも、最初は裁判も考えてた。ただ、おふくろさんのほうがな……」 知ることを拒んだ。 俊介がこんなにもひどい目に遭わされて、こんなにもつらい思いをして、苦しみ抜いたすえに死を選んだというのを、受け容れたくない。知れば認めるしかないから、知りたくない。俊介は親に心配をかけたくないから、いじめられていることを最後まで言わなかった。ならば、いま親がすべてを知ってしまったら、あの子が一人でじっと耐えてきた意味がなくなる。 「耳をふさいで、目をつぶったんだ」
(第六章 別離)

 

 

ひとの記憶とは、川のように流れているのではない、と僕は思う。
一つの出来事や一人の人間にまつわる思い出が、川に流されるように少しずつ遠ざかって忘れ去られていくのなら、話は簡単だ。でも、実際には、思い出は波のように打ち寄せては退いていく。じゅうぶん遠ざかったと思い込んでいた思い出が、不意に、ぞっとするほどなまなましく追ってくる。手に持っていたはずのものが、波にさらわれるようにいっぺんに遠くまで運ばれてしまう。海は凪いだときもあれば時化(しけ)たときもある。潮の満ち干だってある。それを操り返しながら少しずつ思い出は沖へ運ばれていき、水平線の向こうに消える。そのとき、ようやく僕たちは一つの思い出を忘れ去ることができるのではないか?
東京に来て二年目の夏、サユはそれまでになくフジシュンの記憶に苦しめられていた。岸辺にはもう戻ってこないと思っていたフジシュンの思い出が、激しい勢いで打ち寄せてくる。潮は満ちている。波はどんどん高くなる。このままだと溺れてしまう。 じっとやり過ごせ。いまなら言える。しばらくたてば、嵐は収まり、潮も引いていく。いまなら、きっとサユもそれがわかるはずだ。 でも、僕たちはまだ若く、もろかった
(第六章 別離)