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あらすじ
顔をあげ、風を感じてごらん、世界はやさしく豊かだ。親元から離れたい娘、スキャンダルに巻き込まれたニュース・キャスター、他人の幸せを見送る結婚式場で働く女性、夢にもがき、恋に悩む……様々な境遇に身を置いた女性たちの逡巡、苦悩、決断を丁寧に切り取り描いた連作短篇集。

 

ひと言
「インディペンデンス・デイ」「独立記念日」。図書館の原田マハさんの棚にあるのを何度も見かけましたが、どうしてか今まで借りることのなかった本です。24編からなる作品の1つ1つがつながっていて、とても素敵な作品ばかりでした。「月とパンケーキ」の八木橋さんが「川面を渡る風」の中に描かれていて…、自分のことではないのにとてもうれしい気持ちになりました。「すべての独立した女性たちに」「乾杯!」とエールを送りたい気持ちにさせてくれる本でした。この本に出会えたことに感謝!

 

 

駅前を通り過ぎて、T川の土手に向かう。広い河川敷は月見にはもってこいの場所だ。ふと、まだ工藤さんが残業しているんじゃないか、と思いつく。 川原にまっすぐ向かわずに、店の前の道に戻る。ガラス張りの店内から、白い灯りが漏れている。 蛍光灯をひとつだけ点して、工藤さんがカウンターの奥にぽつんと座っている。残業夜食にしようとしているのか、ちょうど例の紙袋を取り出したところだった。 私は店の前の電信柱のそばに佇んで、じっと中の様子をうかがった。 まず箱を取り出す。茶器でも眺めるように、箱を三六〇度、あちこちから見回している。この時点で笑いがこみ上げてきた。 そうっとふたを開ける。壊れ物でも取り出すように、慎重に、パンケーキを取り出す。 またもや全方位から眺める。うんうん、とうなずく。真上から見て、もう一回、二回、うんうん。 ありゃりゃ、なんとケータイを取り出した。写真撮影してる。こっちはぷっと吹き出してしまった。 メープルシロップの瓶を取り出し、デスクに置く。ポケットからメガネを出してかけ、もう一度瓶を手に取る。表示を読んでいるようだ。 最後に、ナイフとフォークを取り出した。一組……もう一組あることに気づいて、おや、となっている。 工藤さんは、二組のナイフとフォークをデスクの上に置いて、腕組みをして見つめている。いつまでもいつまでも見つめている。 そこまで観察してから、私は店の前を通り過ぎてT川に向かった。 川は広々と月を浮かべて流れている。まん丸い月に、ふつふつと泡を立てて焼き上がるパンケーキが重なる。そろそろ、誰かと一緒にキッチンに立ちたくなった。「ねえ、そうしたって、いいでしょ?」誰にともなく、囁いてみる。もう、そうしたっていいよね。明日の朝も、私はまたパンケーキを焼くんだろう。いつか隣に立つ誰かのことを思い描きながら。
(月とパンケーキ)

 

 

「おばあちゃん、いなくなっちゃうの」 夕食後の片づけをしていると、少し開いたドアの向こうから美央の声がする。居間で、母とパンフレットを見ているようだ。 「ううん、いなくならないよ」 母の声がする。しばらくの沈黙のあと、ぽつんとひと言、聞こえてきた。「独立するの」私は、洗いものの手を止めた。「ねえ、ちづちゃん。このまえ教えてあげたゲーム、しようか」「ちづちゃんじゃないよ。美央ちゃん」「ああ、そうそう。ね、ゲーム。『いろはに、こんぺいとう』」うん、と美央の楽しそうな声。「いいよ。じゃ、美央からね。いろはに、こんぺいとう」「こんぺいとうは、甘い」「甘いは、キャンディ」「キャンディ、って、なんだっけ?」 きゃはは、と美央の笑い声。「アメだよ。飴玉」「ああ、そうそう。飴玉は、甘い」「甘いは、おばあちゃん」「おばあちゃん、ってだあれ?」きゃはは。「おばあちゃんは、おばあちゃんでしょ。美央のおばあちゃん」「ああ、そうか。おばあちゃんは、ええと、おばあちゃんは……」
おばあちゃんは、千鶴のお母さん。
いつの間にか、心の中で、そう言葉をつないでいた。母にそっと寄り添う幼い日の私を、すぐ近くに感じながら。
(いろはに、こんぺいとう)

 

 

「無理しなくていい。時間のあるときに、時間をかけて読んでください」 驚いたことに、真嶋さんは、私の大好きな作家、真嶋博史、だった。 贈呈してくださったのは、最新刊。『独立記念日』というタイトルだった。 「ひと言で言うと、会社とか家族とか恋愛とか、現代社会のさまざまな呪縛から逃れて自由になる人々が主人公の短編集です」 実はこの本の担当編集者だという青年、池野さんが横から言い添えた。 「この本によれば、『自由になる』っていうことは、結局『いかに独立するか』ってことなんです。ややこしい、いろんな悩みや苦しみから」 ごくさりげなく、お嬢さんが付け加えた。それだけで、私の胸はときめいた。
自由、になるんじゃない。独立、するんだ。 ややこしい、いろんな悩みや苦しみから。自由になりたいな。でも、自由ってなんだろう? その答えを求めて、ひさしぶりに今夜、本を開こう。 真子を眠らせて、灯りを消して、枕もとのスタンドをつけて。 ほんのいっとき、ささやかな「独立」を求めて。
(独立記念日)

 

 

子供たちはずっと、母が帰ってくるのを待っている。何時になっても、たとえ深夜になっても。必ず帰ってきてくれるはずの母を信じて待っている。私も子供たちと一緒に待った。幾多の母親たち、それぞれに事情を抱えた母親たちが現れる瞬間を。 バスを待つ長い列に加わって、まぶしい窓を見上げ続ける。 ありったけの蛍光灯をすべて灯した明るい窓。子供たちがさびしくないように、ここに預けられることをいやがらないように、あの場所は思い切り明るいのだ。しらじら明るく、まぶしい窓。さびしいくらいに、涙が出るくらいに。 帰宅を急ぐ人々のあいだにぎゅうぎゅう詰めになって、吊革につかまりながら、私はまだ窓を見上げている。
仕事をしているあいだは、つらいこともあった。苦しいこともあった。けれど、あの窓の中へまた戻っていこうと思った。何に励まされていたんだろう。子供たちの笑顔か、同僚の先生たちのがんばりか。そのどちらもあるけれど、何より働いて、家庭以外に自分の居場所があって、社会の一員として機能している――そんな思いに励まされていたのかもしれない。
(まぶしい窓)
 
実家から独立して今日までのあいだ、知り合ってつながり合った人々。その人たちや、その人たちからまたつながっている誰か。私たちはこうして、ひとりひとりつながっているんだ。ゆるやかなつながりの中で、はればれと凛々しく独立していくんだ。それぞれの人生に、潔く向かい合うために。
私はもう、ひとりじゃない。でも、だからこそ、いまこそ独立しよう、ときおリ寄り道したり、つまずいたりしながらも、まっすぐに歩いていくために、 川面を渡る風が、心地よく頬をなでる。友人たちの、大好きな人のまぶしい笑顔を見つめながら、心の中で、そっと誓った。
(川面を渡る風)