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あらすじ
有名政治家を父に持つ遠明寺 美智之輔は、子どもの頃から絵を描くことが好きな乙女な男の子。恋愛対象が同性の美智之輔は、同級生の高瀬君に憧れていたが、思いを告げることもないまま、日本の美大を卒業後、憧れのパリへ留学していた。ある日、アルバイト先のカフェで美智之輔は、ぼさぼさのおかっぱ髪でベース形の顔が目を惹く羽生光晴(みはる)という女性と出会う。凄まじい勢いでパソコンのキーボードを打つ彼女は、偶然にも美智之輔が愛読している超人気ハードボイルド小説の作者。訳あって歴史あるリトグラフ工房idemに匿われているという。

 

ひと言
随所に「サラ・ジェシカ・パーカーとキム・キャトラルであって……」のような喩えがあり、「それ 誰やねん」「そらぁ 何やねん」とツッコミを入れながら読ませてもらいました。本の帯に「ラスト277ページから、切なさの魔法が炸裂する…」とあり、確かに276ページの最後の一行に ―――――― が引いてあり、話が急展開します。最後まで「なんか ようわからん」感がありますが、読了感は有川 浩さんの本を読み終えたような明るさ爽快感でした。

 

 

 

パリの街なかには、ため息が出るほどロマンティックな場所が、数えきれないくらいある。 その中のひとつ、ポン・デザール。「芸術の橋」と名付けられた、セーヌ河をまたぐこの橋は、右岸側から左岸側へ渡ってすぐのところに、エコール・デ・ボザールがあることから、その名をつけられたのかもしれない。 この橋、実は、恋人たちのあいだでは、ちょっとした聖地になっている。この橋で愛を誓い、ふたりのイニシャルやメッセージを書き込んだ南京錠を橋のフェンスにつけ、鍵をセーヌ河に投げ込む。二人の愛は永遠に、橋にロックされる――というわけだ。(3)
 
「ちょっとぉ、ミッチ。なに足バタバタさせてんの?」 バタバタ暴れる膝小僧を、ぴしゃりと叩かれた。 ととと、いきなり妄想の浜辺から引き戻されてしまった。んもう、乙女の夢をぶちこわしにする無粋な人はだあれ? と隣を見ると……。 あたしの王子さま♡じゃなくて、ムギさんとハルさんがデッキチェアをふたつ並べて、その上にどっかと座っている。……このふたり、あたしの希望的シチュエーションでは、夏の到来に向けて連日のエクササイズを欠かさずに努力した結果どうにかビキニを着るに至り、あたしだってまだまだ捨てたもんじゃないでしょと挑発的に寝そべるサラ・ジェシカ・パーカーとキム・キャトラルであってほしかったんだけど、寝椅子の上であぐらをかくムギさんと体育座りをするハルさん、どっからどう見ても、すみません、もたいまさこと片桐はいりにしか見えない……。 「あ、いまちょっと、バク足のイメージトレーニングしてました」 なんとなくがっかりしながら言い繕うと、 「海でバタ足はないわ。平泳ぎでしょ」「セリーヌ」のブティックで買ったサングラスをくいっと持ち上げて、ムギさんが返した。そのサングラスの持ち上げ方が、「もたい」っぽいんですってば。(13)

 

 

 

「――あたしが、いつかまた、小説を書けるようになったら……」 耳もとで、ハルさんの声が聞こえた。あたしは、眠ったふりをして、ハルさんの言葉を聞いていた。潮騒のように、遠く、近く、響いている、少しアルトのやさしい声を。
――舞台は、パリ。君みたいなきれいな女の子と、彼に似た男の子が主人公で。ふたりは恋に落ちて、結ばれる。そして、一緒に、幸せに暮らすんだ。ただ、それだけ。なんてことのない、ごくふつうの、小さな恋の物語。そんな小説を、書こう。きっと書こう。――美智之輔。君のために。 新しい涙が、ひとすじ、あたたかく頬を伝って落ちるのを、あたしは、夢のほとりで感じていた。 ハルさんと、ふたり。この世界の、ほんの隅っこで。(14)