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あらすじ
勝利を、信じろ――。足袋作り百年の老舗が、ランニングシューズに挑む。
埼玉県行田市にある「こはぜ屋」は、百年の歴史を有する老舗足袋業者だ。といっても、その実態は従業員二十名の零細企業で、業績はジリ貧。社長の宮沢は、銀行から融資を引き出すのにも苦労する日々を送っていた。そんなある日、宮沢はふとしたことから新たな事業計画を思いつく。長年培ってきた足袋業者のノウハウを生かしたランニングシューズを開発してはどうか。社内にプロジェクトチームを立ち上げ、開発に着手する宮沢。しかし、その前には様々な障壁が立ちはだかる。

 

ひと言
TVドラマ「陸王」のマラソンシーンのロケが9月22日から24日に豊橋市で行われ、豊橋観光コンベンション協会の鈴木恵子の尽力で1万人もの人々が参加し、天下の国道1号線にも規制をかけてロケが行われたというニュースを知りすぐに図書館に予約を入れました。TVドラマが始まってしまいましたが、TVでは原作と順序が入れ替わって寺尾 聰さんが早く登場したり…など原作を先に読んでいるとこれからのドラマも楽しく見られそうです。でも「陸王」と云えばやっぱり誰でも慶応大学を思い出すよね。池井戸 潤さんが慶応出身だからか…なるほど。

 

 

有村は、店内にディスプレイされていた一足を持って戻ってくる。一万円ほどの値札のついたジョギングシューズだ。 「このジューズはいま一番の売れ筋なんですが、この踵の部分、見てください。クッションが入って分厚くなっているでしょう。いま、多くの靴にこういうクッションが採用されているんですが、私はこの構造そのものに問題があると思ってまして。間違った走法に導いてしまう可能性がある」 走法に正しいとか間違っているとかがあるなんて、宮沢は考えてもみなかった。
「このシューズを履いて走ると、踵から着地してつま先で蹴る――そういう走り方になります。ヒール着地といいます。重心のかけ方などにもよりますが、そういう走り方だと、特に初心者の場合、たとえば一般にランナー膝と呼ばれる腸脛靭帯炎といった故障を起こしやすい。周囲でランニングをしているという人に話をきくと、故障者が多いことに驚かれると思いますよ。故障までいかなくても、ちょっと膝や足首が痛いという人はいっぱいいます。いろんな理由はあると思いますが、走り方そのものに問題がある人が少なくないはずです」 「ヒール着地に、シューズの形状が関係しているということですか」 「いかにもそうしろといわんばかりのシューズなんです。履いてみると踵が上がっているから、自然にそうなり易い」 有村は続けた。「こうした故障が多く報告される一方で、近年、走法についての解析が進んできて、有名選手たちがどんなふうに走っているかが研究されてきました。するとおもしろいことがわかったんです。たとえばケニアの選手は足の中央付近で着地している。オリンピックに出た日本の一流アスリート達もそうです。ミッドフット着地、あるいはもっと足の先で着地するフォアフット着地の選手の選手もいます。つまり、こうした一流選手は故障を招きやすいヒール着地では走っていないんです。ではなぜ、フォアフット、ミッドフット着地という走り方が、より速く走れ、そして故障も少ないのか。それは、その走法が人間本来の走り方だからなんです」 「人間本来の走り方?」 宮沢は思わず繰り返していた。走りの話を聞きにきたはずなのに、有村の話はどんどん広がっていく。
(第二章 タラウマラ族の教え)

 

 

足袋は白とは限らない。外履き用の足袋には様々な模様を施したものがあるのだが、そのほとんどは冨久子さんがデザインしたものなのだ。冨久子さんには、先代の頃からかれこれ半世紀もこはぜ屋の足袋をデザインし続けてきた実績がある。 いま、宮沢が見せたのは、濃紺に白い模様を絡ませたデザインだった。 
「トンボか」 その白い模様を見て、安田がいった。「勝虫ですね」 勝虫として縁起がいいとされるトンボは、こはぜ屋の足袋にも様々な形で登場するお馴染みだ。それを少し大きめのデザインにして、シューズのワンポイント代わりにしている。足袋と違うのは、紐で縫い上げるようにしてあることだが、その紐も勝色といわれる藍色の指定だ。靴底には、地下足袋で使う生ゴムを貼り付けることにした。 「へえ。良い感じじやないですか。さすが、冨久子姉さん」 感心したあけみさんに、「よし、作ってみるぞ」、と安田が意気込んでいる。「試作品を作って、まずは履いてみようじゃないか。社長、少々、時間くれますか」 「頼むわ」 かくして、こはぜ屋の新しいビジネスは、ささやかに動き出したのである。
(第二章 タラウマラ族の教え)

 

 

じっと村野を見たまま茂木は聞いている。「たしかに企業の規模は小さいし、業績もいまひとつだ。だけど、シューズを作るという姿勢や熱意では、アトランティスよりもこはぜ屋のほうが上だと思う」 村野は続ける。「君に見せてやりたいよ。靴底を貼り合わせて一足出来上がったときのあの人たちのうれしそうな顔をさ。アトランティスは、ある意味大企業になりすぎた。彼らの関心事は業績であり、目先の利益だ。物事を測る尺度もカネで、新しいジューズを開発する理由は、業績向上のためだ。そのために、ほとんど機能的に進化していないシューズに、新たな名前をつけていかにも革新的であるかのように売るということまでする。私は、そういうシューズをあえて勧めてはこなかったが、それは会社の方針に反する行為だった」 村野は続ける。「だけどな、シューズってのは、人が履くもんだ。ランニングシューズは、走る人が履く。自分たちが担当しているアスリートに、少しでも良いものを届けるために作るのが本来の姿だと思う。たしかに、アトランティスのシューズは品質も悪くないし、機能性も優れているだろう。だけど、彼らはランナーのために作ってない。そんなシューズには魂はない。ただの工業製品だ」 断言した村野は、真摯な眼差しを茂木に向けた。「私はそんなのを売るのに疲れちまったんだよなあ。会社は小さくてもいいから、真正面からランナーを見据えて、少しでもいいものを、なけなしの予算で作っていく。そういう仕事っていいなって、そう思った。だから手伝ってるんだ」 俯き加減になって、茂木はじっと村野の話を聞いている。「もし、君がアトランティスの『RⅡ』を履いてみたいと思ったら、何の遠慮もいらない。ぜひ試してみてくれ。いろいろ話したが、どう作ったかはそれを履く人には関係がない。いいと思ったシューズを履けばいい。それだけのことだ」 村野は心の中を洗いざらい、そのまま話したつもりだが、それを茂木がどう捉えたかはわからない。
(第十二章 公式戦デビュー)

 

 

村野さんがウチみたいな小さな会社を手伝ってくれるのも、私にはうれしかった。他の大手メーカーからも引く手あまたのはずなのに、だ。ウチはカネもなく、ちっぽけな会社だけど、だからこそ、より強く大きな夢を見ることができる。負け惜しみに聞こえるかも知れないけど、ありがたいことだよ」 「もし世の中から、おカネっていう価値観を取っ払ったら、後には本当に必要なものや大切なものだけが残るんでしょうね」 思ったことを、素直に茂木は口にした。「気づかないほど当たり前のものの中に、本当に大切なものがあるのかも知れません。人の絆もそうなんじゃないでしょうか」 ふいにこみあげてくるものを堪え、茂木はいった。「皆さんの期待に背かないよう、絶対に悔いのないレースをしてきます。応援よろしくお願いします!」
(第十二章 公式戦デビュー)

 

 

「もう十分なんですよ」 茂木からこぼれ出たのは、そんな冷ややかな言葉だった。「この二年間、都合よく離れて行く連中を何人も見てきました。いいときは擦り寄ってくるのに、悪くなるとあっという間にいなくなる。御社だって、そうじゃないですか。サポート契約を打ち切ったのはオレじゃない。御社のほうでしょう。なのに、レースに復帰した途端、手のひらを返したように近づいてくる。もう、うんざりなんですよ」 「うんざりするのは君の勝手だ」 佐山はいった。「たしかに、ウチは君の評価を誤ったかもしれない。それは謝罪する。だけども、こはぜ屋なんて会社、もうシューズ作りそのものが、できなくなってるんだぞ。君は、それでもいいのか」 「そりゃあ、契約しているシューズが無くなってしまったら困りますよ」 茂木は落ち着き払って、こたえた。「だけど、いまのこはぜ屋さんは、いってみれば二年前のオレと同じなんです。ピンチで困り果て、必死で這い上がろうともがき苦しんでいる。もし、それを理由にオレ、がこのシューズを履かなかったら、それはオレが苦しいときに背を向けた連中と、自分が同じことをすることになる。オレはそうはしたくない。オレは、自分が信じようとしたものを、ずっと信じていたい。もしこのシューズを履かなかったら、それは自分自身を裏切ることになってしまうんです」……。
その一部始終を、ほんの少し離れた人混みの中でじっと見ている者たちがいた。宮沢と、村野のふたりである。いま宮沢は、唇を噛んだまま人混みの中にただ呆然と佇んでいる。 その横にいて村野は、アップのために外へ出ていく茂木の行方を目で追っていたが、やがてその姿が人混みに見えなくなってしまうと徐に宮沢を振り向いた。 「茂木の期待にこたえよう。こたえるしかない」 そう村野にいわれ、宮沢は、ただ頷くことしかできなかった。 人の信頼をこれほどまで深く、明確に感じたことがいままであっただろうか。 ビジネスが双方の信頼関係の上に成り立つといったところで、そんなものは口先だけのことだと思っていた。そんな経験しかしてこなかった。 表面上はよろしくやっていたところで、いざ業績が悪化すれば、あっという間に離れていなくなってしまう。 宮沢が知っている信頼とは、せいぜいその程度のことだった。他人の信頼など、ビジネスの上では当てにならないと思っていたのだ。 だが、いま宮沢が目の当たりにしたのは、正真正銘、木当の信頼だった。 「裏切れないですよ。裏切れるもんですか」 宮沢は、熱に浮かされたようにつぶやいていた。「茂木君の期待に、必ず――必ず、こたえて見せます」そういった宮沢の肩を、ぽんぽんと二回叩いただけで、村野は歩き出した。
(最終章 ロードレースの熱狂)

 

 

【2017.12.24 追記】

 

 

先ほど日曜劇場「陸王」を観終わりました。
ドラマでは陸王シューズの注文の電話がどんどん鳴るということでしたが、ドラマの中で、とても効果的、感動的に描かれた豊橋。
実生活では豊橋観光コンベンション協会の鈴木恵子さんにうちのドラマや映画のロケに豊橋を使わせて欲しいと電話がどんどん鳴るんでしょうね。天下の国1を規制してまでのドラマロケ大成功でしたね。豊橋市民のみなさんそして鈴木恵子さんほんとうに感動的なドラマをありがとう♪もう次は、新幹線(こだま)でも名鉄でも何でも止めちゃって素敵なドラマや映画作成に協力してくださいね。
それにしても 茂木 裕人役の竹内 涼真くん、すごくカッコよかったねえ♪男でもファンになりそう。
もちろんビズリーチのCMで一躍人気になった仲下 美咲役の吉谷 彩子さんもかわいかったです。