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あらすじ
2012年NHK大河ドラマ『平清盛』を、番組脚本をもとに完全ノベライズ。今からおよそ900年前、混迷を極めた平安末期。この国の行く末を示すべく生まれたひとりの男 ― 平清盛。本当の親を知らないまま、武士の新興勢力・平氏のもとで育てられた少年は、養父・忠盛とともに海賊討伐をおこない、やがて一人前のサムライへと成長していく。青春期の清盛像を生き生きと描く、シリーズ第一巻。

 

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あらすじ
清盛、武士の世をひらく
妻・明子の死後も、祇園社の争いや一門の不和などさまざまな試練が清盛を襲う。悩み惑う清盛だが、父・忠盛の死をきっかけに平氏の棟梁として武士の世を切りひらくことを決意する。一方、鳥羽院亡きあとの朝廷では政争が激化。1156(保元元)年、後白河帝と崇徳院、関白忠道と弟頼長の対決が清盛ら武士を巻き込み、「保元の乱」が勃発する。シリーズ第二巻。

 

 

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あらすじ
武家の覇者、この国の覇者
保元の乱でその力を世に知らしめた清盛は、1159(平治元)年、信西暗殺に端を発した争乱「平治の乱」で盟友・源義朝と太刀を交えた。勝利した清盛は、武士として初めて公卿(くぎょう)となり宿願を果たす。太政大臣までのぼりつめた清盛だが、古い政治体質に失望し、わずか百日で辞職。出家後、福原に移り住み、宋との交易を中心とした理想の都づくりをはじめる。シリーズ第三巻。

 

 

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あらすじ
栄華の果て、清盛の夢
清盛は、日宋貿易を中心とした新たな国づくりを進めていた。1176(安元2)年にライバル・後白河法皇との橋渡し役であった建春門院が亡くなると、清盛は反平家勢力を一掃し、都を福原(神戸)に移す。権勢をほしいままにする清盛の専制は貴族・武士双方の反発を招き、東国では、政子との婚姻を通じて北条氏の後ろ盾を得た源氏の御曹司・頼朝が立ち上がろうとしていた。 シリーズ完結編。

 

 

 

ひと言
全4巻 約1200ページ。読むのに10日ほどかかりましたが大河ドラマの脚本通りの本で、ドラマでの配役やセリフを思い出しながら読みました。ドラマもよかったですが、好きな場面をすぐに読み返すことができる本もいいですね。

 

 

 

着物を洗っていた舞子が、小さな声で歌を口ずさんだ。

 

 

♪遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子どもの声聞けば わが身さへこそ動(ゆる)がるれ

 

 

「……なんだその歌は」 「今様にござります」 「流行り歌か。のんきな歌だな。遊ぶため、戯れるために生まれてきたとは……。生きることは子どもの遊びのように楽しいことばかりではない」 「……されど、苦しいことばかりでもありませぬ。子どもが遊ぶときは、時のたつのも忘れて、目の前のことに無心になっておりまする。生きるとは、ほんとはそういうことにござりましょう。うれしいとき、楽しいときも。また、つらいとき、苦しいときさえも。子どもが遊ぶみたいに夢中になって生きたい。そういう歌だと思って、私は歌うておりまする」「夢中で……、生きる……?」 忠盛は、あたかも自問するかのように繰り返した。舞子が洗濯した着物を絞り、それを広げて血の匂いを確かめた。「やはり取れませぬね」 舞子はそう言いつつ、忠盛ににっこりと笑いかけた。「いつか、わかるのではござりませぬか。夢中で生きていれば。……なんのために太刀を振るっているのか。なにゆえ武士が今の世を生きているのか」
(第一章 ふたりの父)

 

 

牛車は璋子の別宅に入った。璋子はここの一室で、堀河局や女房たちと歌合せを楽しもうというのだ。堀河局は才色兼備で知られる女流歌人だけに、和歌は得意とするところだ。

 

 

長からむ 心も知らず わが袖の 濡れてぞ今朝は ものをこそ思へ

 

 

堀河局が詠んだ歌に、「なんと艶めかしい」と女房たちからため息が漏れた。「殿方がどう感じたものか、聞いてみとうござりまするな」 など言い出した女房がいて、北面の武士から適当にひとりが選ばれた。「はい。後朝の別れのあと、男への思いと疑いに心乱れ、涙に袖を濡らすさまが胸に迫りましてござります」 さすが文武両道に長けた北面の武士だけあって、歌に詠まれた女心をすくい取ってみせた。……。
次に義清が感想を求められた。「みなの申すとおり、よい歌と存じます。されど……『長からむ』と始めたのなら、『わが袖』よりも『黒髪』を持ってきてはいかがにござりましょう」 義清の指摘が鋭く、堀河局は不意を衝かれた。「で、では『濡れてぞ』はどうなりまする」「『乱れて』となさってはいかが」 璋子が声に出して詠んでみる。

 

 

「長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は ものをこそ思へ……」

 

 

「後朝の寝乱れた美しい黒髪が、千々に乱れる女心を絵のように表し、ますます艶やかな調べになると存じます」
(第四章 殿上の闇討ち)

 

 

『日もいと長きにつれづれなれば、夕暮れのいたうかすみたるに紛れて、かの小柴のもとに立ち出でたまふ……清げなるおとな二人ばかり、さては童べぞ出で入り遊ぶ。中に十ばかりにやあらむと見えて、白き衣、山吹などのなえたる着て、走り来る女子、あまた見えつる子どもに似るべうもあらず、いみじく生ひ先見えて、うつくしげなる容貌なり……雀の子を犬君が逃がしつる。伏龍の中にこめたりつるものを。とて、いと口惜しと思へり』 時子はうっとりと『源氏物語』を閉じた。「若紫」の巻である。 「ああ……これが光源氏と紫の上の出会いなのね。閉じ込めておいた雀の子が、龍から逃げてしまった。これはお告げなのですね。幼い紫の上の、まだ胸の奥の奥に閉じ込めてある、人を恋うる心が、やがてぱあーっと飛び出すときがくることの!」 時子は王朝文学にあこがれ、恋に恋する十歳の乙女だ。……。……。
「……見くびるでない」 静かな憤りが、清盛の口を衝いて出た。 「俺が住吉明神のお導きでそなたを想うておると申すか。見くびるでないぞ! 俺は、そなたを見たとき、なんと清げなる女かと思うた。そなたの作った夕餉を食い、毎日食いたいと思うた。海賊や唐船の話に目を輝かせているそなたを見て……生涯、俺のそばにおってほしいと思うた。俺は俺の心に従い、そなたを妻にしたいと申しておるのだ!」 清盛の熱い告白が、明子の頑なな心をとかし、明子の双眸から涙がこぼれ落ちた。 「……海に、行きとうござりまする。海に行って、船に乗って。見てみとうござりまする……清盛様の目に映っている、広い広い世を」 明子は涙をぬぐい、まっすぐに清盛を見た。 「お供させていただけまするか?」 「……きっとじゃ。きっとそなたを海へ……広うておもしろい世へ、運れていってやる」 明子が涙に潤んだ目をしている横で、基章が感無量の面持ちをしている。 時子は小柴垣からそっと離れた。『源氏物語』をしっかりと抱え、通りを小走りに行く。 「……雀の子を、犬君が逃がしつる。伏龍の中に、こめたりつるものを……」 時子は潤んだ目で諳んじた。胸がぎゅーっと締めつけられている。これまで感じたことのない甘美な痛みだった。
(第七章 光らない君)

 

 

同じ頃、忠正は四人の息子たちを連れて、崇徳院方が本陣を置く白河北殿にいた。頼盛から忠正の離反を知らされると、清盛はただちに連れ戻そうとした。頼盛が乗っていた馬を奪い、騎乗しようとした清盛を、家貞が必死にしがみついて止めた。 「殿! なりませぬ。もとより忠正様の心の軸は平氏を守ること。こたびの戦、断じて平氏を絶やさぬために戦う覚悟なのでござります!」 「生きるも死ぬももろとも! それが平氏の絆じゃ。絆を断ってなにを守れるというのじゃ!」 清盛は力任せに家貞を振りほどこうとした。 「きっとそう仰せになるであろうと。叔父上よりお言伝がござります」 頼盛は涙ぐみ、忠正の言葉を伝えた。
(清盛。お前とわしの間に、絆など、はなっからないわ)
清盛は地面に座り込み、何度も何度も拳を叩きつけた。「叔父上……!」 忠正はとうとう清盛に笑顔を見せなかった。にもかかわらず、清盛は熱いまぶたの裏に、忠正の笑顔を見たような気がした。
(第二十章 前夜の決断)

 

 

平清盛、源義朝ともに後白河帝に味方して戦ったが、勝利の代償はとてつもなく大きかった。清盛は叔父・忠正、義朝は父・為義、いずれも崇徳院方についた身内の命を絶つという悲痛を味わう結果となった。敗者側に苛酷な裁断を下した背景には、武士の力を利用する一方、この機に乗じて長く続いた藤原摂関家の権力を削いでしまおうという策謀があった。その策謀を仕組んだ者こそ、清盛の人生に大きな影響を与えた知者であり、御白河帝の乳父でもある信西だった。
(第二十四章 清盛の大一番)

 

 

清盛たちも、衣ずれの音とともに現れた重盛に驚いた。 「……重盛。その姿はなんとした」 「父上こそ、そのお姿は、なにごとにござりますか」 「しばらくの間、法皇様にこの館においでいただこうと思うてな」 「……なんと情けないお言葉。一門の運も尽き果てたのでござりましょう。人は運が傾き始めると、必ず悪事を思いつくものにござります」 「これは悪事ではない。国づくりじゃ」 「法皇様がおられてこその国でござりましょう」 「それはやってみねばわかるまい。この平清盛がやって見せてやると言うておるのだ」 重盛は面やつれした顔で、目だけ鋭く清盛を見据えた。 「……わかりました。では法皇様の御所は私が警固いたします。五位に叙せられてからこちら、法皇様のご恩を受けなかったことなど一度もござりませぬ。その恩の重さをたとえれば、千粒万粒の宝玉よりも重く、その恩の深さをたとえれば、幾重にも染めた紅の色よりも深いでしょう。ゆえに私は御所へ参り、いくばくかのわが手勢を連れて法皇様をお守りします」 「……重盛。いま一度言う。これはわしの国づくりじゃ。それを阻むと言うのじゃな? 平家の棟梁たるそなたが。わが子であるそなたが」 清盛と重盛は、いずれも信念を貫こうとして相手を睨み据えた。 みなが静まり返り、固唾をのんでふたりを見守る中、重盛の双眸からはらはらと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……悲しきかな、法皇様に忠義を尽くそうとすれば、須弥山の頂よりもなお高き父上の恩をたちまち忘れることになります。痛ましきかな、父上への不孝から逃れんとすれば、海よりも深き慈悲をくだされた法皇様への不忠となります。ああ。忠ならんと欲すれば孝ならず。孝ならんと欲すれば忠ならず。進退これきわまれり。是非いかにもわきまえがたし……!」 
重盛は滂沱(ぼうだ)の涙に頬を濡らして訴え、清盛の前に手をついた。 「かくなるうえは――この重盛が首を召され候え……! さすれば御所を攻め奉る父上のお供もできず、御所の警固もできますまい……」 清盛が諦めたように苦笑をもらした。 〈重盛の命がけの懇願に、清盛も析れざるを得なかった。だがこの重盛の一途な忠義、孝行こそが、後白河院のつけ入る隙でもあった〉
(第四十三章 忠と孝のはざまで)