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あらすじ
主人公の幹は赤ん坊の頃、浜辺でわかめにくるまっているところを拾われた。大平家の家族になった幹は、亡き祖父が始めた実家のB&B(ベッド&ブレックファースト、朝食付きの簡易宿泊所)を手伝いながら暮らしている。美しい自然にかこまれた小さな村で、少し不思議なところもあるが大好きな家族と、平凡ながら満ち足りた暮らしをしていた幹だったが、ある日、両親が交通事故に遭ってしまう。大事にはいたらなかったが、それから家族が不気味なうさぎの夢をみたり、玄関前に小石がおかれたりと奇妙なことが続くようになる……。神聖な丘に守られた小さな村。みなしごの主人公が手にした“幸せの魔法"とは?この美しい世界に生きる希望を描ききった著者の最高傑作!

 

ひと言
ばななさんの本はいつもオカルト的、サスペンス的な部分があるけど、その後ろに暖かくてほんわかさせてくれる部分があって、著者の最高傑作とは思わないけど、また次も読んでみたいなぁと思わせてくれる本でした。

 

 

「まず、自分の宇宙の神様を自分だと思わないと、決して全部は見えてこないと思うよ。彼らのような過去の偉人を、同じ道を歩んだかもしれない人たちを尊敬してないっていうことじゃない。ただ、自分の人生は自分しか助けられない。自分を助けられたら、きっと神様も釈迦も地球もなんでもかんでも助けてあげられるんだ。
子どもがほしくてしかたなかった淑子のために、俺は祈ったんだ。赤ちゃんが授かりますようにと。あんな来方で来るとは思わなかったけれど、おまえはやってきてくれた。あれが人生最大の収かくだった。それに比べたらこんなTシャツなんか、小さなことだよ。」祖父は微笑んだ。「引き寄せっていうのはつまり、欲の問題だろう? でも、俺のはそれじゃないんだ。欲がないところにだけ、広くて大きな海がある。海には絶妙なバランスがある。その中を泳ぎながら、俺は最低限の魚をとって食べている、ただそれだけのことなんだ。有名になる必要はないし、足りているもので生きればいい、そう決めれば必要なものはそこにあるんだ。花のベッドに寝ころんでいるような生き方をするんだよ。幹のいちばんいいところは、心からの幸せの価値を知っていることだ。今のままでいい。うっとりと花のベッドに寝ころんでいるような生き方をするんだ。もちろん人生はきつくたいへんだし様々な苦痛に満ちている。それでも心の底から、だれがなんと言おうと、だれにもわからないやり方でそうするんだ、まるで花のベッドに寝ころんでひるねしているみたいに。いつだってまるで今、そのひるねから生まれたての気分で起きてきたみたいにな。」自分の中の幸せが祖父に伝わっていることがほんとうに嬉しかったから、その言葉をずっと大事に抱いていこうと私は思った。亡くなったとき、祖父はもちろん棺桶の中でそのTシャツを着ていた。まるで天にふわっと抱かれるように。
(P23)

 

 

母は病院のベッドでこのきれいな春の季節を過ごさなくてはいけない。今だって体の痛みや不快と戦っている。でも、生きていてよかった、母は帰ってくるのだから、と私は思った。こんなにも失うことが切ないなんて、なんと幸せなことだと思ったのだ。
生まれたときから重症らしい私の幸せ病はとどまるところを知らないくらいに強くなっていく。親が嫌いだとか家のあとを継ぎたくないとかいうのは、生まれてすぐになにもかも失ってほんとうに丸裸になっていた私にはそもそもありえないことだった。生きているだけでもうけものだと思っていたからこそなにをしても楽しかったのだし、その魔法はいつまでも解けなかった。赤ちゃんの私がみんなにかけた魔法なのか、それともみんなが私をはじめにかけねなく優しく抱いてくれたから強くかかった魔法なのか。
(P57)

 

 

花のベッドで寝ころんでひるねしているように生きるのは楽なことではないけれど、それを選んだからには、周りにいくらそう思われてもしかたがない。わかる人にはわかるし、わからない人にはわからなくていい。人が一生をかけて本気で成そうとしていることなのだから、かんたんにわかられても困るのだ。しかし自然というものは、ミミズから大海まで、霧から太陽の光まで、草むらから大木まで、ちっともそんなつまらないことを思っていない。
私が自然を見れば、同じ分だけの力で自然も私を見る。見てくれてありがとう、ほめてくれてありがとう、明日も来てくれよ…そんな感じしか返ってこない。私がだれにも恥じない真心を持っていることも、静かな熱いものを大事にしていることも、だれにも言わないでこつこつといろいろなことをやっていることも、全部お見通しだ。
私が恥じない心を持っているからこそ、それが私の自然を見る目に映る。自然がにごらないで見えるときには、私もにごっていない。その瞬間は自然に力を与える。寄せては返す波のように、その力はめぐりめぐって私に返ってくる。この村の自然は私の力になって、私の力は村の大地に返っていく。そのことはとなりの山にもふもとの海にも広がって影響を与えていく。その循環こそが生きていることだと思うのだ。
(P125)