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あらすじ
戦時中、高知県から親に連れられて満洲にやってきた珠子。言葉も通じない場所での新しい生活に馴染んでいく中、彼女は朝鮮人の美子と、恵まれた家庭で育った茉莉と出会う。お互いが何人なのかも知らなかった幼い三人は、あることをきっかけに友情で結ばれる。しかし終戦が訪れ、運命は三人を引きはなす。戦後の日本と中国で、三人は別々の人生を歩むことになった。戦時中の満洲で出会った、三人の物語。
(2016年本屋大賞 3位)

 

 
ひと言
この本の著者が私よりもひとまわり以上若い1974年生まれということにびっくりし、中脇さんてどういう人なのか、この本を書くきっかけは何なのかを知りたくて読了後すぐに調べてみました。
「小説家になって以来、一人ひとりの記憶を紡ぐ形で戦争を描きたいという思いがずっとありました」
当時の経験を聞かせてもらうため、日本だけでなく、何度も中国、韓国を訪れたり、舞台となる3国の年表を作成し、徹底的に頭に叩き込むことから始めたそうです。
「70年経っても消えない怒りや悲しみを受け取っては心を揺すぶられていましたが、実際に戦争を経験された方の苦しみにはくらべようもない小さなもの。その10分の1でも小説を通して伝えられたら、という一心で、泣きながら筆を進めました。決して楽なことではなかったけれど、お話を伺った方みなさんの想いを託されていましたので、書き上げることができました」
「すべての大人にこども時代があったことを思うとき、すべてのこどもに幸せなこども時代があってほしい。幸せと感じられる瞬間がどの子にもあってほしい。そんな願いを込めました」

 

 

この本は昨年の最後の一冊にと読み始めましたが、年明けまでかかってしまいました。
昨年の最後の一冊、今年の最初の一冊にふさわしい本でした。
1月18日、2017年の本屋大賞の一次投票の結果が発表され、ノミネート10作品が発表になります。今年も多くのいい本に出会えますように!

 

 

武は、殴られて腫れあがった足を引きずって歩く福二に肩を貸していた。すると、並んで歩いていた中年の中国人の男が中国語で話しかけてきた。「あんたたちは戦争に負けてこんなにひどい目に遭わされているが、なぜかわかるか」武がこたえられずにいると、男は言った。「あんたたちをこんなにひどい目に遭わせるのは、私たち中国人がこれまで、日本人にひどい目に遭わせられたからだ。今、あんたたち日本人が日本に帰ってしまったら、もう私たちが日本人に会うことは二度とない。だから私たちは今、あんたたちをひどい目に遭わせるのだ」そう言い放った男は、手になにも持っておらず、略奪に加わっていたわけではないようだった。武はうちのめされた。一言も言い返せず、男が頷いて立ち去るのを見送ることしかできなかった。(二十二)

 

 

「ぼくはあのときのことをずっと後悔してる」けれども、朋寿は美子から目をそらして言った。「別のやり方はなかったかと思ってる。ずっと思ってる。殴るんじゃなくて、なにか別のやり方。やればやられる。憎まれる。考え方がちがう、やり方がちがう、それで共和国は侵攻した。韓国はやり返した。そして祖国は分断したままだ。そうじゃなくて、そういう連鎖を断ち切るやり方。だからぼくは美子に会うのがこわかった。あんなやり方しかできなかった自分は、嫌われて当然だと思ってたから」美子は思いだした。土手の上で、朋寿が握っていた石。血がついた石を、朋寿は川に投げた。投げてしまっても、消えない。川に沈んで、きっとそこに今もある。朋寿が殴りつけた日本人の男の子たちの心の中にも。「人を守るってこわいことだと思う。ぽくは今も別のやり方を探してる。今度同じことがあったとき、まだぼくはどうしたらいいのかわからない」美子にもわからなかった。(三十六)

 

 

茉莉はある日、スタッフがこどもたちの髪を切っている間、園庭でこどもたちと遊んだ。一番小さい子は二歳ぐらいだった。大きいお兄ちゃんやお姉ちゃんに挟まれ、その女の子は転んだ。泣くだろうと思ってそばに寄っていったが、女の子は泣かず、自分で立ちあがった。茉莉はのばした手を引っ込めた。「あの子はどういう子なんですか。小さいのにずいぶん強い子ですね」茉莉が施設の職員に訊ねると、中年の女性職員は「ああ」と頷いた。「生まれたときからここにいる子なんですよ。捨てられてたので身寄りがない子で。強いというか、泣かないんですね。手がかからない、いい子ですよ」茉莉はおどろいて職員の顔を見た。泣かないから手がかからない、いい子。茉莉にはちがうとわかった。茉莉は女の子のそばに行ってわらいかけた。女の子はひざをすりむいていた。真っ赤な血がにじみ、珊瑚の粒のように丸く光っていた。ああ、この子は泣くことを忘れている。茉莉にはわかった。焼け跡にいた、自分みたいに。茉莉は女の子のそばにしゃがみ、その顔を見上げた。女の子の大きな澄んだ目は、まばたきもしなかった。「痛いでしょう」茉莉は訊いたが、女の子は茉莉の目をみつめかえすばかりだった。「泣かなきゃだめよ」茉莉は言っていた。この子は泣かなくてはいけない。この子を泣かせたい。「お名前はなんていうの?」「うたこ」歌子は答えた。茉莉は歌子を引き取った。それからうたと呼んで育てた。(四十一)