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あらすじ
36歳未婚女性、古倉恵子。大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。これまで彼氏なし。日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打ち、清潔なコンビニの風景と「いらっしゃいませ!」の掛け声が、毎日の安らかな眠りをもたらしてくれる。ある日、婚活目的の新入り男性、白羽がやってきて、そんなコンビニ的生き方は恥ずかしいと突きつけられるが…。「普通」とは何か?現代の実存を軽やかに問う衝撃作。
(第155回芥川賞 受賞)

 

 

ひと言
『コンビニエンスストアは、音で満ちている。』 第153回芥川賞の「火花」の書き出しも上手いなぁと思いましたが、この何気ないような書き出しで、コンビニの自動ドアが開いて、来客を知らせるチャイムが鳴り、読者をすぐにお店の中にいる気分にさせてくれます。
151頁ですぐに読めてしまい、読了後すぐは「はぁ…なにこれ?」という感想でしたが、このブログを書くための付箋の箇所を読みかえしていくと、「するめ」のように味が染み出してきます。
こんな多様な価値観が存在する現在、誰も「普通」とは何なのかが言えないのに、人は「普通でない」ことを恐れ、やっぱり漠然とした「普通」を求めてしまうのかなぁ。

 

 

 

教室で女の先生がヒステリーを起こして教卓を出席簿で激しく叩きながらわめき散らし、皆が泣き始めたときもそうだった。「先生、ごめんなさい!」「やめて、先生!」皆が悲壮な様子で止めてと言っても収まらないので、黙ってもらおうと思って先生に走り寄ってスカートとパンツを勢いよく下ろした。若い女の先生は仰天して泣きだして、静かになった。隣のクラスの先生が走ってきて、事情を聞かれ、大人の女の人が服を脱がされて静かになっているのをテレビの映画で見たことがある、と説明すると、やっぱり職員会議になった。「なんで、恵子にはわからないんだろうね……」学校に呼び出された母が、帰り道、心細そうに呟いて、私を抱きしめた。自分はまた何か悪いことをしてしまったらしいが、どうしてなのかは、わからなかった。父も母も、困惑してはいたものの、私を可愛がってくれた。父と母が悲しんだり、いろんな人に謝ったりしなくてはいけないのは本意ではないので、私は家の外では極力口を利かないことにした。皆の真似をするか、誰かの指示に従うか、どちらかにして、自ら動くのは一切やめた。(P11)

 

 

高校を卒業して大学生になっても、私は変わらなかった。基本的に休み時間は一人で過ごし、プライペートな会話はほとんどしなかった。小学校のころのようなトラブルは起きなかったが、そのままでは社会に出られないと、母も父も心配した。私は「治らなくては」と思いながら、どんどん大人になっていった。(P13)

 

 

横で立って袋詰めをしていた社員が、「古倉さん、すごいね、完璧!初めてのレジなのに落ち着いてたね! その調子、その調子! ほら、次のお客様!」社員の声に前を向くと、かごにセールのおにぎりをたくさん入れた客が近づいてくるところだった。「いらっしゃいませ!」私はさっきと同じトーンで声をはりあげて会釈をし、かごを受け取った。そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。私は、今、自分が生まれたと思った。世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった。(P20)

 

 

なぜコンビニエンスストアでないといけないのか、普通の就職先ではだめなのか、私にもわからなかった。ただ、完璧なマニュアルがあって、「店員」になることはできても、マニュアルの外ではどうすれば普通の人間になれるのか、やはりさっぱりわからないままなのだった。(P21)

 

 

あ、私、異物になっている。ぼんやりと私は思った。店を辞めさせられた白羽さんの姿が浮かぶ。次は私の番なのだろうか。正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処理されていく。そうか、だから治らなくてはならないんだ。治らないと、正常な人達に削除されるんだ。家族がどうしてあんなに私を治そうとしてくれているのか、やっとわかったような気がした。
なんとなくコンビニの音が聴きたくなり、……。(P77)

 

 

「何で無職の男を部屋に住まわせているんだ、共働きでもいいが何でアルバイトなんだ、結婚はしないのか、子供は作らないのか、ちゃんと仕事しろ、大人としての役割を果たせ……みんながあなたに干渉しますよ」「今まで、お店の人にそんなこと言われたことないですよ」「それはね、あんたがおかしすぎたからですよ。36歳の独身のコンビニアルバイト店員、しかもたぶん処女、毎日やけにはりきって声を張り上げて、健康そうなのに就職しょうとしている様子もない。あんたが異物で、気持ちが悪すぎたから、誰も言わなかっただけだ。陰では言われてたんですよ。それが、これからは直接言われるだけ」「え……」「普通の人間っていうのはね、普通じゃない人間を裁判するのが趣味なんですよ。でもね、僕を追いだしたら、ますます皆はあなたを裁く。だからあなたは僕を飼い続けるしかないんだ」(P115)