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あらすじ
少年は、ひとりぼっちだった。名前はきよし。どこにでもいる少年。転校生。言いたいことがいつも言えずに、悔しかった。思ったことを何でも話せる友だちが欲しかった。そんな友だちは夢の中の世界にしかいないことを知っていたけど。ある年の聖夜に出会ったふしぎな「きよしこ」は少年に言った。伝わるよ、きっと──。大切なことを言えなかったすべての人に捧げたい珠玉の少年小説。

 

ひと言
この本は以前に読んだことがあるけれど、こういうブログを書くようになって、自分自身の備忘録として この本を読んだことや この本の中の残しておきたい言葉があるので 懐かしく思い返しながら読みました。
「それが、君のほんとうに伝えたいことだったら……伝わるよ、きっと」

 

 

君は小学一年生なんだな。男の子だ。言葉がつっかえるのを、いつも友だちにからかわれている。いつそれがいじめに変わるかと思うと、お母さんは怖くてしかたないらしい。うまくしゃべれないせいで引っ込み思案になっている君を見るたびに、胸が締めつけられるという。……。もしよろしければ――と、君のお母さんは手紙の最後に書いていた。息子に宛てて返事を書いてやってもらえませんか。吃音なんかに負けるな、と励ましてやってくれれば、息子の心の支えになると思うのです。手紙には切手を貼った返信用の封筒も入っていた。メモ書きで添えられた宛名は、君の名前になっていた。……。君に宛てる手紙のかわりに、短いお話を何編か書いた。小説雑誌の編集者にページを割いてもらうとき、「個人的なお話を書かせてほしい」とぼくは言った。お話は――少なくともぼくの書くお話は、現実を生きるひとの励ましや支えになどならないだろう、と思っている。ましてや、慰めや癒しになど。……。お話にそんな重荷を背負わせるつもりもない。お話にできるのは「ただ、そばにいる」ということだけだ、とぼくは思う。だからいつも、まだ会ったことのない誰かのそばに置いてもらえることを願って、お話を書いている。

 

 

「目をつぶって、聞いて。もっといいことを教えてあげるから」「………うん」「誰かになにかを伝えたいときは、そのひとに抱きついてから話せばいいんだ。抱きつくのが恥ずかしかったら、手をつなぐだけでもいいから」固く閉じたわけではないのに、瞼はぴたりとくっついて、もう持ち上がりそうになかった。「抱きついて話せるときもあれば、話せないときもあると思うけど、でも、抱きついたり手をつないだりしてれば、伝えることはできるんだ。それが、君のほんとうに伝えたいことだったら……伝わるよ、きっと」少年はうなずいた。それを待っていたように、また体が宙に浮く感覚に包まれた。「君はだめになんかなっていない。ひとりぼっちじゃない。ひとりぼっちのひとなんて、世の中には誰もいない。抱きつきたい相手や手をつなぎたい相手はどこかに必ずいるし、抱きしめてくれるひとや手をつなぎ返してくれるひとも、この世界のどこかに、絶対にいるんだ」きよしこは最後に「それを忘れないで」と言った。少年はもう一度、今度はもっと大きくうなずいた。
(きよしこ)

 

 

少年は、君と似ていただろうか。ぼくは、君になにかを伝えられただろうか。いつか――いつでもいい、いつか、君の話も聞かせてくれないか。うつむいて、ぼそぼそとした声で話せばいい。ひとの顔をまっすぐに見て話すなんて死ぬほど難しいことだと、ぼくは知っているから。ゆっくりと話してくれればいい。君の話す最初の言葉がどんなにつっかえても、ぼくはそれを、ぼくの心の扉を叩くノックの音だと思って、君のお話が始まるのをじっと待つことにするから。君が話したい相手の心の扉は、ときどき閉まっているかもしれない。でも、鍵は掛かっていない。鍵を掛けられた心なんて、どこにもない。ぼくはきよしこからそう教わって、いまも、そう信じている。
夢があった。いつか、個人的なお話を書いてみたい。ぼくとよく似た少年のお話を、少年によく似た誰かのもとへ届けて、そばに置いてもらいたい。ゆっくり読んでくれればいい。難しいことは書いていない。ぼくは数編の小さなお話のなかで、たったひとつのことしか書かなかった。きよしこは言っていた。「それがほんとうに伝えたいことだったら……伝わるよ、きっと」本ができあがったら、真っ先に、君に送るつもりだ。かさばる封筒を郵便受けから取り出して、君はきょとんとするだろうか。薄気味悪く思って、お母さんのもとに駆けていくだろうか。お母さんはぼくのことを、もう怒っていなければいいけれど。夜どおし降った雨が明け方にあがった、よく晴れた朝に、この本が君のもとに届いたなら、とてもうれしい。