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あらすじ
どれだけ歩きつづければ、別れを受け容れられるのだろう。幼い息子を喪った「私」は旅に出た。前妻のもとに残してきた娘とともに。かつて「私」が愛した妻もまた、命の尽きる日を迎えようとしていたのだ。恐山、奥尻、オホーツク、ハワイ、与那国島、島原…“この世の彼岸”の圧倒的な風景に向き合い、包まれて、父と娘の巡礼の旅はつづく。鎮魂と再生への祈りを込めた長編小説。

 

ひと言
誰もが避けて通ることのできない たいせつなひととの別れ。死別以外にも様々な別れを人は受け入れて生きていく。だから一日一日を大事に、今 大切な人と一緒に過ごせるこの一瞬、一緒に過ごせた日々に感謝し、今日もそして今年も生きていかなきゃ。
『一期一会』2016年の最初に出会った本がこの本であったことに感謝。

 

 

額に入れられた写真が壁に並んでいた。遺影だ。古いモノクロ写真がほとんどだったが、まだ掛けられて間もない様子の写真もあった。棚の上には人形が並んでいる。どれも、花嫁人形だった。……。「結婚せずに亡くなったひとだ、みんな」「そうなの?」「だから、花嫁人形をお供えするんだよ。男のひとには、これがあなたの花嫁さんだよ、って。女のひとには、花嫁衣装を着れなかったわけだから、あなたのかわりにお人形さんに花嫁さんになってもらうから、って」……。花嫁に出会えずに亡くなった若者や少年の悲しみよりも、花嫁衣装を着ることの叶わなかった少女の悲しみよりも、むしろ、亡くなったひとのために人形を選ぶ遺族の悲しみのほうが、いまの私には胸に迫る。
(第一章 4)

 

 

もう二十代の後半になっているはずのその子に訊いてみたかった。亡くなった友だちのことを、きみは、いまもまだ覚えている――?「ふつー、忘れないでしょ、よっぽど記憶力の悪いひとじゃなかったら」明日香は私の感傷を指ではじきとばすように、軽く言った。だが、そのあとすぐに「思いださないことはあるかもね」とつづける。「忘れちゃうのと思いださなくなるってのは、違うもんね」「うん……」「ヒロミさんだって、友だちのこと忘れてないけど、きっと、札幌で思いだしたりはしないんだと思うよ。ヒロミさんにはヒロミさんの人生があるんだもん」
(第二章 4)

 

 

ケーキにロウソクを二本立てた。家族水入らずの、ささやかな誕生日パーティーが始まった。非常識だとあきれられてしまうかもしれない。死んだ子の歳を数えるというのは、まさにこのことだった。それでも、私と洋子は決めていた。すべてを命日から数えるのはやめよう。家族のいちばん悲しい日から数えて一年目、二年目、三年目……と区切りをつけていくのは、確かに由紀也の冥福を祈るためには必要なのかもしれない。だが、それと引き替えに家族のいちばんうれしい日を手放したくはない。二年たったのだ、あの日から。看護師に呼ばれて分娩室に足を踏み入れ、まだヘソの緒をつけたままの由紀也と出会ってから、ちょうど二年――由紀也の今日や明日を祝うことはできなくても、昨日を祝うことはできる。シャンパンで乾杯をした。「ゆきちゃん、誕生日おめでとう」仏壇の写真にグラスを掲げた洋子は、「二歳だったら、もうしゃべってるね」とつぶやくように言って、「ママ」という言葉を声色を何種類もつくって繰り返した。
(第四章 2)

 

 

私もそう思う。一生消えない傷を心に負っても、ひとは一生泣きつづけるわけではない。そして、涙が涸れたからといって、傷が消えてしまったわけでもない。私たちがこれから背負っていくのは、涙の出ない悲しみなのかもしれない。洋子はシャンパンをすすって、「最近こんなこと思ってる」と話を先に進めた。「乗り越えなくていいんだ、って。自分の子どもが死んだことを乗り越えるなんて絶対にできるわけない。そんなの、生きてるひとの傲慢だよね」真っ白なケーキの上で、二つの小さな炎が揺れる。「それに、乗り越えちゃうと、もう戻れなくなるでしょ。そういうのって寂しくない?」ねえ、寂しいよねえ、ゆきちゃんも、と洋子は由紀也の遺影に笑いかける。ちょうど一年前の写真だ。満一歳の誕生日に撮った。トリミングをして胸から上だけを写真立てに入れたが、ほんとうは由紀也の前にはケー牛があった。一本だけ立てたロウソクの炎が、意外と大きく灯っていたのを、いまでもよく覚えている。「乗り越えてないよ、ママ、そんなに強くないし、偉いひとでもないから」洋子は由紀也に語りかける。芝居がかったところのない、自然な声と、表情と、しぐさだった。秋から冬――夜の長い季節、私が旅に出ている夜は、いつもそうやって過ごしてきたのだろうか。「でも、慣れてきた」私に向き直る。「乗り越えなくても、慣れることなら、誰でもできるよね」とつづけ、「由紀也がいないことに慣れてきたから、やっと元気になれた」と自分の言葉に自分でうなずいた。
(第四章 2)

 

 

私と洋子も、由紀也が死んでからずっと哀しい顔をして生きてきた。お互いに相手のことを責めなかった代わりに、自分をゆるせなかった。でもな、と私は言った。「ときどき笑えるようになった」一年前には笑えなかった。わが家で眠るのが怖かった。だから旅に出た。泳ぐひとが息継ぎをするように、短い旅をつづけた。洋子はわが家に残った。由紀也の記憶を磨り減らさないよう、じっと一人で、ときには私と二人で、自分にゆるしてもらえない自分を抱きかかえてきた。そして、いま、私は思う。「忘れることや捨て去ることはできなくても、少しずつ薄めることはできるのかもな」「うん……」「樹里さんも、大西さんを一生ゆるせなかったとしても、もう憎んだり恨んだりっていう哀しい顔になるようなことはないんじゃないかな」「さっき樹里さんも言ってたね。時の流れが解決してくれることもあるんじゃないかって」「あるよ、絶対に」「信じてる?」ああ、と答えかけて、別の言い方に変えた。「祈ってる」明日香は「じゃあ、わたしも祈ろうっと」と夕陽を見つめ、「わたしのために祈ろう、っと……」と手を合わせた。……。まだ母親を亡くして一カ月半にもならないのだ。泣けばいい。美恵子の思い出が濃密に残っているうちに、たくさん泣いておけばいい。いずれ、忘れはしなくても、少しずつ悲しみは薄まってくる。それでいい。由紀也を亡くした私と洋子が歩いてきた道を、明日香もたどる。世の中の誰もが、たいせつなひとといつか別れてしまう。例外はない。すべてのひとがたどらなければならない道を、明日香はいま、歩きはじめたばかりなのだ。
(第九章 4)