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あらすじ
風の酒を造りたい!
まじむの事業計画は南大東島のサトウキビを使って、島の中でアグリコール・ラムを造るというものだ。持ち前の体当たり精神で島に渡り、工場には飛行場の跡地を借り受け、伝説の醸造家を口説き落として…。琉球アイコム沖縄支店総務部勤務、28歳。純沖縄産のラム酒を造るという夢は叶うか。契約社員から女社長に―実話を基に描いたサクセス・ストーリー

 

ひと言
マハさんの本は、読み終えた後、いつも爽やかな風が体じゅうを吹き抜けて、元気にしてくれます。この本は、ほんとうの風の物語。森山良子さんの「さとうきび畑」
♪ざわわ ざわわ ざわわ 広い さとうきび畑は ざわわ ざわわ ざわわ 風が 通りぬけるだけ
の歌詞を思い出しながら読みました。那覇の国際通りの裏手にある桜坂という緩やかな坂道。その途中に
ある「桜坂劇場」には、映画館やカフェが入っているらしい。今度沖縄へ行くときは是非、沖縄産ラム酒「コルコル」風の酒を、飲もう。真心(まじむ)の酒を。

 

 

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まじむこみてぃ
島へと出かけるまえに、まじむは仏壇に手を合わせた。いつものとおりに。おばあも、おかあもそうしてくれた、と知っている。祈りの言葉にもしている、昔は、ちょっと恥ずかしかった名前。……。
私の名前は、まじむ。真心、という意味なんだ――と
(一章 祈りの言葉)

 

 

深夜、しまい湯から上がったまじむは、仏間の明かりがついているのに気づいた。足音を忍ばせて、襖をそっと開けてみる。灯明をあげた仏壇に向かって、手を合わせ、一心に祈るおばあの後ろ姿があった。仏壇には、企画書が大切そうに供えられている。おばあの後ろ姿はぴくりとも動かない。頭を深く垂れたままで、いつまでもいつまでも、おばあは祈っていた。どうか、あの子の企画が通りますように。声にならない祈りの声が、まじむの耳に響いてくるようだった。真心こめて(まじむこみてぃ)。
(四章 真心こめて)

 

 

たちまち、「この大馬鹿者が!」とおばあの雷が落ちた。この先一生面倒を見るつもりで、新会社に付き合わないでどうするんだ。瀬那覇仁裕が酒を子供にたとえているように、お前にとってはその会社が子供のようなものだ。大きく立派に育てないでどうする。うまくいくかわからないなどと、お前は自分の子供をそんなふうに考えているのか、この大馬鹿者が!こっちの店のことは、今後お前に頼るつもりはない。いっさい忘れてくれ。手伝うなどと言ったら、この家の敷居はニ度とまたがせない。そのつもりでいろ。苦労して、たくさん汗を流して、うちなーが誇れる酒を造り出せ。そしてそれを、世界一うまい酒に育て上げろ。わかったな。というような意味のことを、強烈な沖縄弁でおばあはまくしたてた。
(七章 涙)

 

 

コップに注いだラムを目の高さに持ち上げて、透明感を確かめる。目を閉じて、鼻先に持っていき、香りを嗅ぐ。とたんに、吾朗の表情は、満開の花畑に迷いこんだ人のようになる。ラムをメジャーカップに入れるかと思いきや、吾朗は、コップのラムを、そのままシェイカーに移し替えた。ふたを閉めると、すっとまじむに差し出した。まじむは首をかしげた。最初に飲むのは、私……ってこと?このシェイカーで?
まじむの心の声を聞いたように、ふっと笑って、「違うよ」と吾朗が言った。「君がいちばん飲ませたい人に、持っていってあげて」まじむは、吾朗の瞳をみつめた。静かに微笑む瞳が、さあ早く、と促している。「『この風がまじむの言ってた島の風か』。そう言いたそうにして、おかあといっしょに、すぐ近くのさとうきび畑で風に吹かれてるよ。――あの人が」震える手で、まじむはシェイカーと、コップをひとつ、受け取った。そして、翼が生えたかのように、たちまち店の外へ飛び出した。風が吹いている。どこまでも果てしなく広がる縁の海の上を。ざわざわ、ざわざわ、ざわざわと。しらじらと乾いた道の脇に車椅子を停めて、おばあが空を仰いでいる。やがて夕暮れが近づいてくる、光に満ち溢れた午後の空。車椅子の背後に立っているおかあも、果てしないさとうきび畑を、いつまでも飽きることなく眺めている。おばあーっ!こだまのように、風に乗って声が聞こえてくる。何度も何度も、繰り返し聞こえてくる。東へ西へ、声は風に乗って流れていく。懸命に走りくる息遣いまでが聞こえてきそうだ。それを耳にして、おばあの顔にほんのりと微笑みが灯る。「まったくもう……あのおてんば娘には、困ったもんさ」くすくすと、おかあが笑う。それにつられるようにして、おばあも笑う。笑いながら、声にならない声でつぶやいている。
風の酒を、飲もう。真心(まじむ)の酒を。
(最終章 真心の酒)