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あらすじ
「この世に生を受けたすべてのものが放つ喜びを愛する人間。それが、アンリ・マティスという芸術家なのです」(うつくしい墓)。
「太陽が、この世界を照らし続ける限り。モネという画家は、描き続けるはずだ。呼吸し、命に満ちあふれる風景を」(ジヴェルニーの食卓)。
モネ、マティス、ドガ、セザンヌ。時に異端視され、時に嘲笑されながらも新時代を切り拓いた四人の美の巨匠たちが、今、鮮やかに蘇る。語り手は、彼らの人生と交わった女性たち。助手、ライバル、画材屋の娘、義理の娘――彼女たちが目にした、美と愛を求める闘いとは。『楽園のカンヴァス』で注目を集める著者が贈る、珠玉のアートストーリー四編。

 

ひと言
読み終えてすぐ、ジヴェルニーのモネの家を検索してみました。

 

 

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こんな「陽のあふれる場所」でかけがえのない大切な人たちと過ごす幸せ。
20年ほど前に訪れた大原美術館。絵画にあまり興味のなかった私でもエル・グレコの「受胎告知」とクロード・モネの「睡蓮」を観たのだけはかすかに覚えています。

 

 

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もう一度大原美術館を訪れてモネの「睡蓮」を観てみたいなぁと思いました。

 

 

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クロード・モネ『印象 日の出』

 

 

 

「提案があるんだ」今度は明るく澄んだ声でモネが言った。「これからも、一緒に暮らさないか。ポワッシーで……そして、いつの日か、広いダイニングルームと、大きな庭のある家で」「いけません」突然、アリスが叫んだ。膝の上のジヤン=ピエールが、びくっと体を震わせた。「そんなことをしたら、夫が……エルネストが、何を言いふらすかわからないわ。ようやく認められ始めたあなたを、世間の笑いものにするわけにはいきません」「そうよ」ブランシュは、母に続けて思わず声を上げた。「私たちだって、先生と一緒に、幸せに暮らしたい。でも、それが先生のお仕事の妨げになるなら、ちっとも幸せじゃないもの」そうだ。それが、ほんとうの気持ちなのだ。ブランシュの瞳から、涙がひと粒、こぼれ落ちた。泣きたくなどなかった。弱い自分をさらけ出したくなかった。けれどこんなとき、涙を止められるほどブランシュは大人ではなかった。モネはアリスを、それからブランシュをみつめた。涙でいっぱいのブランシュの瞳を。あの夏の日、初めてまみえたあの瞬間、この世界のすべてをみつめるように少女をみつめていたのと同じまなざしで。「君たちは、私を幸福な画家にしたいというのかい?」ブランシュはうなずいた。その拍子に、もうひと粒、涙が頬を伝って落ちた。モネの目もとに、ふっと微笑が浮かんだ。「それならば、方法はたったひとつしかない。私たち家族が、これからも一緒に暮らすことだ」ふたつの家族ではなく、ひとつの家族として。アリスが、震える両手を口に当てた。涙が、みるみるその目いっぱいにあふれた。ところが、アリスよりさきに泣き出しだのは、膝の上のジヤン=ピエールだった。「ほらごらん。驚いてジヤン=ピエールが泣き出しちやったじやないか。おお、よしよし、びっくりしたね。大丈夫だよ、お父さんは、お前と一緒にいるとも。これからも、ずっと」幼な子を抱き上げて、モネがけんめいにあやした。それから、一緒に泣き出してしまったアリスの肩を、そっと抱き寄せた。家族の誰もが、いつしか泣き顔になってしまった。それから、お互いの泣き顔を眺め合って、くすくすと、やがて大いに笑った。小さなテーブルの上のきのこのグラタンは、すっかり冷めてしまった。けれど、あのグラタンが、モネ家の歴史に残る一皿になったことは言うまでもない。……。
四十三歳のモネは、とうとう「夢」だった家と庭を手に入れた。それからの幾星霜、どれほどの資金と手間と愛情を、この邸宅に注ぎこんだことか。一八九一年、新世紀を迎えることなく、エルネスト・オシュデがこの世を去った。そして その一年後、モネとアリスは、ジヴェルニーの館で結婚した。モネ五十二歳、アリス四十八歳、そしてブランシュは二十七歳だった。家族は独立したジャックとジャンを除いて、全員、相変わらず一緒に暮らしていた。あのヴェトゥイユでの「最後の昼食」を境に、家族の連帯感はいっそう強いものになっていた。
(ジヴェルニーの食卓)