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あらすじ
OL二ノ宮こと葉は、想いをよせていた幼なじみ厚志の結婚式に最悪の気分で出席していた。ところがその結婚式で涙が溢れるほど感動する衝撃的なスピーチに出会う。それは伝説のスピーチライター久遠久美の祝辞だった。空気を一変させる言葉に魅せられてしまったこと葉はすぐに弟子入り。久美の教えを受け、「政権交代」を叫ぶ野党のスピーチライターに抜擢された!目頭が熱くなるお仕事小説。

 

ひと言
最近は原田 マハさんにどっぷりとハマってしまっています。内容はすごくよくて、心に残るフレーズに付箋を貼りながら読みました。
ただ民主党の政権交代のことが頭から抜けなくて……。いつ書かれた本なのかがすごく気になりました。2008年11月~2010年6月「本とも」に連載された作品を加筆、訂正。2010年8月31日 初版でした。民主党鳩山内閣は2009年9月から。

 

 

 

スピーチの極意 十箇条

 

 

 

一、スピーチの目指すところを明確にすること。
二、エピソード、具体例を盛りこんだ原稿を作り、全文暗記すること。
三、力を抜き、心静かに平常心で臨むこと。
四、タイムキーパーを立てること。
五、トップバッターとして登場するのは極力避けること。
六、聴衆が静かになるのを待って始めること。
七、しっかりと前を向き、右左を向いて、会場全体を見渡しながら語りかけること。
ハ、言葉はゆっくり、声は腹から出すこと。
九、導入部は静かに、徐々に盛り上げ、感動的にしめくくること。
十、最後まで、決して泣かないこと。

 

 

「お父さまも愛されたフランスの作家、ジョルジュ・サンドは言いました。あのショパンを生涯、苦しみながらも愛し続けた彼女の言葉です。
『愛せよ。人生において、よきものはそれだけである』
本日は、お日柄もよく、心温かな人々に見守られ、ふたつの人生をひとつに重ねて、いまからふたりで歩んでいってください。たったひとつの、よきもののために」おめでとう。(1)

 

 

小山田さん。お気持ちは大変ありかたい。けれど、私は党首にはなれません。なぜなら、私は「影」だからです。どこまでも小山田次郎についていく影。そして、国民の気持ちに寄り添う影なんです。ただね、小山田さん。影だからといって、馬鹿にしちゃいけませんよ。影になるためには、条件がある。それは、いつも空に太陽が輝いていること。輝く太陽を享受する誰かがいること。そうして初めて、影は影として存在できるんです。私は生涯、立派な「影」でありたい。小山田次郎に、国民に、いっぱいの太陽を浴びて、生き生きとしていただきたい。どうですか小山田さん。こんな贅沢な存在が、いったいほかにありますか?(3)

 

 

こんなことがありました。
お式の1週間まえに、千華はみんなに祝福されて退職しました。夜遅く帰宅すると、私の部屋のベッドの上に、小さな花束が置かれていたんです。母に訊くと、『今日、千華さんが届けにきてくれたのよ』と言います。結婚まえの忙しいときに、どうして? まさか、お別れの記念?それって、気が早すぎるんじゃないの? と、私はいぶかしく思いました。花束には、カードが添えられていました。そこには、こう書かれていました。
『結婚式のときに持つブーケを、ふたつ、作ってもらいました。そのうちのひとつを、こと葉に贈ります。お式の当日に、花嫁のブーケを投げるんだけど……実は、こと葉に確実にキャッチしてもらいたかったから。次に幸せになってもらいたい、大切な人。それが、こと葉です。いままで、ありがとう。これからも、よろしくね』(5)

 

 

リスニングボランティアとは、おもにお年寄りの話を「ただひたすらに聞く」行為なのだそうだ。自分の意見を言ったり、必要以上に応答したりしない。ただ、黙って聞いてあげるのだ。私には、絶対に務まりそうにない。「黙って聞く、という行為は、その人のことを決して否定せずに受け止める、ということなの。お年寄りになると話がくどくなったり、同じことを繰り返してしまったりするでしょう。話したくても、うとまれてしまうのね。何も求めているわけじゃない、ただ話したいだけなのにね」「北原さんからは、ひと言も、何もおっしゃらないんですか」久美さんが訊くと、「いいえ。何もかも聞いて、最後にたったひと言だけ、言わせていただくの。悲しい話なら『大変でしたね』、明るい話なら『すてきですね』 って」
 ……。……。
遺品の中に、古ぼけた手帳があった。娘が通った名門女子高の学生手帳。表紙をめくると現れる十八歳の娘の写真は、涙でごわごわになっていた。手帳の一ページに、遺言があった。
生まれ変わってもまたあなたのお母さんになりたい
今度はいっぱいお話をしましょうね(8)

 

 

なあ、久美ちゃん。困難に向かい合ったとき、もうだめだ、と思ったとき、想像してみるといい。三時間後の君、涙がとまっている。二十四時間後の君、涙は乾いている。二日後の君、顔を上げている。三日後の君、歩き出している。どうだい? そんなに難しいことじゃないだろ? だって人間は、そういうふうにできているんだ。とまらない涙はない。乾かない涙もない。顔は下ばかり向いているわけにもいかない。歩き出すために足があるんだよ。
……。……。
いいね? 久美ちゃん。歩き出した三日後の君に、また会いにくるよ。「あのときね、思ったの」ほんの少し鼻声になって、久美さんが言った。「ほんとうに弱っている人には、誰かがただそばにいて抱きしめるだけで、幾千の言葉の代わりになる。そして、ほんとうに歩き出そうとしている人には、誰かにかけてもらった言葉が何よりの励みになるんだな、って」(18)

 

 

ここがどこかなんて、もう関係なかった。披露宴の真っ最中だってことも。自分が花嫁なんだってことも。何もかも忘れて、次の瞬間、私は、その人の名を叫びかけた。が、絶妙なタイミングで、その人は語り出したのだった。
 『さて。以前に一度、確か、同じ場所で、すでに披露してしまった、わが人生最高のスピーチを、あらためて捧げます。私の大切な友人、そして家族である――ニノ宮こと葉のために』そう前置きしてから、始まった。伝説のスピーチライター・久遠久美の、ごく短い、けれど心にしみ渡る、あのスピーチが。
愛せよ。人生において、よきものはそれだけである。本日は、お日柄もよく、心温かな人々に見守られ、ふたつの人生をひとつに重ねて、いまからふたりで歩んでいってください。たったひとつの、よきもののために。おめでとう。(20)