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あらすじ
時代がどんな暗雲におおわれようとも、あなたという星は輝きつづける
20代前半で中絶を余儀なくされたデザイナーも、アラフォーながら旅好きの独身女性二人も、夫をがんで亡くし、娘を嫁に送る直前の50代の母も20代から50代後半まで、それぞれの世代の女性が様々な試練や人々のあたたかさに触れる。娘として母として、女性が誰でもむかえる旅立ちのとき、人生の旅程を指し示す七つの物語。

 

ひと言
図書館へ行くといつもチェックする原田 マハさんの棚でこの本がきらめいているのを見つけた。「星がひとつほしいとの祈り」。なんて素敵なタイトルの本なんだろう。「原田 マハ」「星がひとつほしいとの祈り」もう借りて読むしかない。もうすぐ七夕。この本が他の人に借りられずに棚できらめいていた この一期一会のような出会いを大切にしないと…。何気ない日常を描いた7つの物語なのに、ページからやさしさやあたたかさがあふれてくる。少し疲れていた心がほっとしました。原田 マハさん ありがとう♪

 

 

「なんやねん、寄り道って」「だから、旅のこと」「はあ。ほんなら、ハグと私はしょっちゅう寄り道やんか。寄り道ばっかりして、もとの道がどこにあるか、ようわからんようになってしもうたやん」ほんまやなあ、と喜美は気持ちよく笑った。「寄り道とかしても、大丈夫なものですか? 迷っちゃったりしませんか?」菜々子が訊いた。どうやら彼女は、人生について尋ねているのだ。……。
「迷ってもええねん。それが人生やもん」
けろりとして妙子が言った。菜々子が、ほっと息を放ったような気がした。大切なことを、さりげなく口にする。友のそういうところが喜美は好きだった。……。
「あたし、ここでお別れなんです」ええっ? とふたりは揃って声を上げた。「なんで? これからメインの十二湖に行くのに?」「そうやで。せっかくここまで来たんやから一緒に行こうよ」菜々子はほんの少しうつむいた。それから、何か念じるように一瞬目を伏せたが、思い切って顔を上げるとふたりに向かって言った。「思いっきり寄り道しちゃいました。もう行かないと、出棺に間に合わないので」しゅっかん、という言葉を、喜美も妙子も一瞬理解できなかった。……。
「それでも、どうしても寄り道したかったんです」……。二日まえに、母が死んだ。脳溢血で、信じがたいほどあっけなく。……。成功するまでは、絶対さ帰ってこでねがら。そう言って出ていく娘を、母は黙って見送ってくれた。それっきり、七年。菜々子は、郷里に帰らなかった。……。母とはほぼ毎日、メールでやりとりをしていた。母のメールはいつも単純だった。元気だが?ちゃんと食べでっか? 仕事うまくいっでっが? から始まって、『今日の森はきれいだっだどよ』『今日は鹿さ見だどよ』『ブナの林が青々としできだどよ』と続く。母は、白神山地の案内人になっていた。幼い頃から慣れ親しんだ森を案内する仕事に就いて、『夢さ見でるみでだ』と、それはそれは喜んでメールをしてきた。……。
そして、母からの最後のメールは、やはり白神山地の森の中からだった。……。
菜々子にも、お母さんの一番好きなこの森を見せでだなあ。
翌日、電話がかかってきた。三池と申します、と電話の主は名乗った。私の同僚、あなたのお母さんが亡くなったど。通夜は本日午後七時から、告別式は、私は仕事で行けねども、あさって午後一時から……。
「三池さん。彼女、中村菜々子さん。わかわかります?」きょとんとした三池の顔に、あっと驚きが広がった。「まさか、あんた……中村奈々枝さんの……」絶句した。菜々子は下を向いたまま、小さく頭を下げた。「すみません。母のこと、お世話になりました。葬儀に間に合うつもりで帰ってきたんです。でも、そのまえに、母がいってしまうまえに、母と……母と……」母と、寄り道がしたかった。母が大好きだと言っていた、あの森に。つややかな頬の上を、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。堰を切ったように、菜々子は泣き出した。喜美と妙子は、両側から菜々子の華奢な体を支えて、ごく自然にその背中に手を添えた。
(寄り道)

 

 

あれっ。笑ってくれるんですか? こいつはいいな。あ、えくぼが……。そして、亮子に向かって、ひょこんと頭を下げた。ありがとうございます。亮子は、今度はきょとんとしてしまった。何この人? ちょっとヘンなの……。芳雄は、にっこりと笑いかけて言ったのだった。
そのえくぼ、いただきました。そうなのだ。いまだにあのひと言を田心い出すたび、なんだか笑いがこみ上げてくる。まったく、私って単純なのよねえ。いま思い出せば、なんだか馬鹿馬鹿しいくらいだ。あんなひと言に、やられてしまうなんて。もしもあのとき、そのえくぼ、いただきました。じゃなくて、そのえくぼ、いただいてもいいですか? と言われていたら。あの人と、結婚しようとは思わなかったかもしれない。そんなふうに思い出しては、おかしくなる。女って、なんて単純な生き物なんだろう。
 えくぼごとさらわれる感じが、なんだか心地よかった。そして、いつも笑顔をたやさない家庭を築けそうな予感が、嬉しかった。好きな人がいなかったわけじゃない。付き合った人がいなかったわけでもない。だけど、いままで心惹かれたどんな男の人よりも、たったひと言で、強く引きつけられた。
(長良川)