イメージ 1 
 
あらすじ
旧幕臣の娘である去場安は、岩倉使節団の留学生として渡米した。帰国後、日本にも女子教育を広めたいと理想に燃える安のもとに、伊藤博文から手紙が届く。「盲目で、耳が聞こえず、口も利けない少女」が青森県弘前の名家にいるという。明治二十年、教育係として招かれた安はその少女、介良れんに出会った。使用人たちに「けものの子」のように扱われ、暗い蔵に閉じ込められていたが、れんは強烈な光を放っていた。彼女に眠っている才能をなんとしても開花させたい。使命感に駆られた安は「最初の授業」を行う。ふたりの長い闘いが始まった。

 

ひと言
介良(けら)れん=ヘレン・ケラー、去場安=サリバン。
原田マハさんらしい やさしさ あたたかさを感じさせてくれる藤本吉右衛門や狼野キワをうまく登場させて、この日本版の奇跡の人をより感動的なものにしている。

 

 

けれど、どんなに険しい道であっても、先生は、決して私の手を離しませんでした。れん。立ち止まってはいけません。あなたは、もっともっと遠くまで歩いていける。思う存分、歩きなさい。恐れることなく。私は、いつも、あなたとともにある。なぜなら―そう、私はあなたが歩いている道。道、なのです。あなたが歩いていく限り、私はどこまでもあなたを導きましょう。どこまでも、遠くへ。安先生がいてくださったからこそ、いまの自分があるのです。たとえ先生が天に召されても、私の命と心とは、いつまでも先生とともにあるのです。
そして、もうひとり。生涯、忘れることのできなかった人がいます。私の、初めての友だち。名前は、狼野キワ、と言います。私が、まだ言葉というものの存在を知らなかった時分に、金木という村の別邸で、キワと出会いました。キワは、旅芸人の娘で、目が不自由でした。けれど、三味線と歌は、言葉にできないほどすばらしかったと、あとから先生に教えられました。私は、キワの三味線も歌も聞くことはできませんでしたが、それでも、それがどんなにすばらしいものなのか、わかります。私は、キワを、感じることができたからです。私の初めての友だち。彼女のことが大好きでした。でも、私には、「大好き」という気持ちを表現するすべがなかった。そして、それを伝えられないまま、キワは、私のもとを去ってしまいました。自分が私と一緒にいることを、私の家族に知られてはいけないと、黙って家を出ていってしまったのです。私は、それからも、どうにかしてキワに会いたいと思い続け、言葉を学んでからは、彼女にもう一度会って、この気持ちを伝えたいと願い続けてきました。ずっと言いたかったけれど、言えなかった言葉。もう一度、たった一度だけでいい。もしも、キワに会えたなら。私は、その言葉を伝えたいのです。ありがとう、大好きよ――と。
小野村先生。もしも、どこかでキワに会うことがあったなら――どうか、どうかお伝え下さい。れんは、元気でいると。あなたに、ずっと会いたかったと。たったひと言、伝えたいのだと。ありがとう、キワ。大好きよ。(25)