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あらすじ
わかば銀行から契約社員・梅澤梨花(41歳)が約一億円を横領した。梨花は発覚する前に、海外へ逃亡する。梨花は、果たして逃げ切れるのか? 自分にあまり興味を抱かない会社員の夫と安定した生活を送っていた、正義感の強い平凡な主婦。年下の大学生・光太と出会ったことから、金銭感覚と日常が少しずつ少しずつ歪んでいき、「私には、ほしいものは、みな手に入る」と思いはじめる。夫とつましい生活をしながら、一方光太とはホテルのスイートに連泊し、高級寿司店で食事をし、高価な買い物をし…。そしてついには顧客のお金に手をつけてゆく。

 

ひと言
今年の1冊目は大好きな角田光代さん。それも話題の「紙の月」で大正解でした。
女でないと書けない梨花の心の動き、さすが角田光代と唸ってしまいます。最後がひとつ前の梅澤梨花で終わらず、中條亜紀で〆ているのも角田さんらしく、より作品に奥行きを持たせていていい。途中で読むのをやめたくなる作品もあるけれど(実際にやめた本も何冊かありますが…)こういう作品が多いからやっぱり角田光代はやめられません♪。宮沢りえの映画も楽しみです♪
読み終えたあと Amazon のカスタマーレビューを見ていて以下のレビューが印象に残ったので引用させてもらいます。
一見、「フトしたキッカケ」で少額の横領から手を染め、それが段々エスカレートして……という風に見えるが、それは違うと作者は言っている。子供の頃からの経済面を含めた生活環境、躾、それらに基づいた自身の考え方の"積み重ね"で人間が出来上がっており、ヒロインの犯罪はある意味"必然"だったと言うものである。これは、「フトしたキッカケ」より遥かに怖い。「当り前」に対する考え方あるいはその対象が、人によってマチマチである事…(略)…。

 

 

「私が最初に寄付をした子は、最初だけ、お手紙をくれたの。お礼の言葉のあとに、『私はあなたがしてくださったことを、一生忘れません』と書いてあった。それ、きっと決まり文句なの。でも私、それを見てものすごく……複雑な気分になったの。まだ六歳か七歳の子が、一生忘れてはならないような重荷を背負ってしまったのよ。感謝という重荷よ。そんな決まり文句を書かせる大人もどうかしていると思った。私、そのとき、決めたの。この子が一生重荷を背負うのなら、私は一生この子の面倒を見なければならない。私のできる範囲内でそうしなければならないって」梨花は淡々と話した。その淡々とした口調と、語られる内容とのギャップが木綿子にはかすかにおそろしかった。木綿子はそんなことを考えたことがなかったし、一生、という言葉をどのような意味合いでも使ったことがなかった。けれどおそろしさを感じつつ、もっと梨花の話を聞きたくなった。(P205)

 

 

ネオンサインと花火が薄淡く染める夜空が、どーんどーんという轟音とともにのしかかってきて、ゆっくりと自分を押しつぶしていくような気がした。梨花はあわてて光太の手を握った。光太は梨花に手を握らせたまま、握り返すことをしなかった。「花火の向こうに月がある」ぽつりと光太が言った。たしかに切った爪のように細い月がかかっていた。花火があがるとそれは隠され、花火の光が吸いこまれるように消えるとそろそろと姿をあらわした。
(P301) 

 

 

「働いて働いて、単身赴任までして、余裕のないような十五年だったけど、でもほしい暮らしはちゃんと手に入ったよな」酔っぱらっているらしく、正文の声は間延びしていた。そうね。梨花はもう一度言い、
空を仰いだ。さっとナイフで切り込みを入れたような細い月がかかっている。いつかどこかで見たことのある月だと梨花は思ったが、いつ、どこで、だれと見たのか思い出せなかった。(P335)

 

 

私は私のなかの一部なのではなく、何も知らない子どものころから、信じられない不正を平然とくりかえしていたときまで、善も悪も矛盾も理不尽もすべてひっくるめて私という全体なのだと、梨花は理解する。そして何もかも放り出して逃げ出し、今また、さらに遠くへ逃げようとしている、逃げおおせることができると信じている私もまた、私自身なのだと。
 いこう、この先へ。(P345)