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あらすじ
もう一度、甲子園を目指しませんか―。40代半ばの元高校球児、坂町は見知らぬ女性に突然、声を掛けられる。彼は高校時代、ある出来事が原因で甲子園への夢を絶たれていた。記憶の蓋をこじ開けるような強引な誘いに苛立ちを覚える坂町だったが、かつてのチームメイトと再会し、ぶつかり合うことで、再び自分自身と向き合うことを決意する。夢を諦めない全ての大人におくる感動の物語。

 

ひと言
本はもっぱら図書館で借りて、本を買うことはほとんどないのですが、この本は映画の原作本で、上映される前にどうしても読みたくて買いました。応募した1月14日の試写会が当たって1日でも早く映画が見れますように!
映画の中で浜省の主題歌「夢のつづき」が流れたら泣いちゃうんだろうな。他のシーンでもいっぱい泣いちゃうんだろうな。ハンカチ忘れずに持って行こ。

 

 

「美枝……負けるときには、ちゃんと負けろよ。負けて次に進め」電車の扉が閉まる寸前だった。プラットホームで見送る父親が、突然そんなことを言った。(3)

 

 

ちゃんと負ける。それを誰かに繋げることで、その誰かがきっと何かに勝つ――父が一球入魂に込めてきた思いは、きっと、そういうことだったのだろう。一球一球に魂を込めれば、たとえそのときは負けても、それはいつか勝利に繋がると――。(8)

 

 

「マスターズ甲子園では、大会の最後にいつも、甲子園キャッチボールというのをやっています。皆さんが、一番大切に思う人と、ぜひ甲子回でキャッチボールをしてください」
甲子園キャッチボール、それはマスターズ甲子園を、ともすれば試合以上に象徴するものかもしれない。大会の試合後に、日の傾いた甲子園のグラウンドで、元高校球児たちが好きな誰かとキャッチボールをするのだ。ただそれだけのことに、かけがえのない時間が流れていることを、美枝は去年初めて見たときから実感した。そのときだったかもしれない、もし父親が生きていたら、この場に連れてきてあげたいと思ったのは……父親とキャッチボールをしている自分を思い浮かべたのだ。暴力事件を起こし、多くのチームメイトを苦しめた父親の過去を知った今でも、そのときの感覚は消えていない。(5)

 

 

おそらく彼は、自分が暴力を振るった原因をみんなが知ったら、私一人の罪が重くなること……みんなから軽蔑されて、責められることを怖れたんだと思います……これ以上、私が傷付くことがないようにと、考えてくれたんだと思います……彼は私のために、野球部員の恨みを、一身に引き受けてくれようとしたんです」
落ち着いた裕子の声が、そこでやっと感情に揺れ動いた。裕子は自分の感情に負けないようにして、全員に向かって真実を話そうとしてくれていた。「ノリは……松川典夫とは……そういう人です」(6)

 

 

坂町は汚れたグローブを左手に嵌めて、右の拳で叩いた。乾いた泥が埃のように舞い上がった。
「まだ使える」嬉しそうに坂町はそう言った。「使ってください」父が誰よりもそれを喜んでくれるだろう。もしかしたら父は、このグローブを坂町に手渡すために美枝を遣わしたのかもしれない、とさえ思った。坂町は、なんだか丁寧に泥を落とし始めた。親指を入れる辺りの表面を一生懸命に擦っている。それから、急に笑い声を漏らした。「あいつ……書いてるよ……わざと間違えて……」「え?」「見てごらん、ほら、ここ」美枝はグローブを受け取って、同じところを指で擦った。その文字がはっきりと浮かび上がってきた。美枝は、それを見て、自分が思い違いをしたことを悟った。父はこのグローブを自分に手渡すために――坂町と出会わせたのではないか、とさえ思った。
一球人魂――父はグローブにそう書いていた。入魂にあるのはチームメイトとの絆でも、人魂にあるのは、美枝との絆だった。美枝は、言葉にならない思いを熱い涙にして、声を上げて、その心から溢れさせることしかできなかった。(8)