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あらすじ
ファッション雑誌編集者の藍は、仕事でゴールデンリトリーバーのリラと出会う。ペットショップの店員さんに「今日買わなければ殺処分される」と言われ、リラと恋人の浩介と三人で暮らし始めたものの、仕事が生きがいの藍は、日々の忙しさに翻弄され、何を愛し何に愛されているかを見失っていく…。浩介が去り、残されたリラとの生活に苦痛を感じ始めた頃、リラが癌に侵されてしまう。愛犬との闘病生活のなかで、藍は「本当に大切なもの」に気づきはじめる。“働く女性”と“愛犬”のリアル・ラブストーリー。

 

ひと言
最近は、とても読みやすく素敵なラブストーリーを書く原田マハさんに泣かされている。
小学生3、4年の時に拾ってきてしばらく飼っていた雑種の犬のことを思い出しながら読んだ。
「一年間でも、一分間でも、犬の時間は一緒なんです。どれだけ濃い時間を一番好きな人とともに過ごせるか。それが犬にとって、一番大切なことなんです」
最初は可愛がっていたのに…、毎朝 学校へ行く前に散歩に連れていくのがだんだん面倒に思えてきて……、最後は病気になって、自分が学校に行っている間に保健所に引き取られていったのに、悲しいとも思わなかった。涙も出なかった。ほんとうにごめんなさい。

 

 

 

矢印がある。カーソルを下へ動かして行くと、
→ → →
矢印がつながって、ずっと下に、控えめな一行を発見した。
あなたの周りに、心地よい風が吹いている気がしました。またいつか、お会いできますように。
そうだ。風を起こしたのは、彼のほうだ。だから私の周りに、風が吹いてみえたんだ。そう思った。そう思う胸の中に、不思議な風がまた吹いていた。私は画面上で点滅するカーソルをしばらく眺めていたが、やがて一文字一文字、ゆっくりとキーを叩いた。
「またいつか」って、「これからすぐ」に変換できますか?(3)

 

 

 

 

「名前がある限り、誰かに呼んでもらえるだろう、きっと生きていけるだろう、って信じてたんです。だから、勝手につけました。すばらしいところにもらわれていくように、『シャングリラ』の『リラ』。恥ずかしいなあ。変えてくださいね」そう言っていた。浩介も私も、もちろん変えるつもりなんてなかった。たったひとつの命につけられた、たったひとつの名前。変える必要なんて、どこにもなかった。(4)

 

 

 

 

先生は私が肩を落とす様子をみつめていたが、おだやかに語りかけた。
「誰にもわからないんですよ。延命治療をしたほうがいいかどうか、なんて。飼い主さんは、少しでも長生きしてもらいたいと一生懸命になる。でも、犬にしてみれば、長いか短いかなんて、問題じゃない。一年間でも、一分間でも、犬の時間は一緒なんです。どれだけ濃い時間を一番好きな人とともに過ごせるか。それが犬にとって、一番大切なことなんですよ」先生は、その日初めて笑顔をみせた。あたたかな笑顔だった。
「せいいっぱい、可愛がってやってください。この子にもあなたにも、後悔のないように」
 私はうつむいた。リラの目が、そこにあった。まっすぐに私をみつめている。私だけを信じて、私だけを頼りに、ここにこうして生きている。生きているんだ。もう、堪えられなかった。息を吸い込むと、一気に涙があふれ出した。私は、泣いた。立ちっ放しで、手放しで。泣けて、泣けて、もう止まらなかった。恥ずかしいほど、思いきり泣いた。そのあいだ、宮崎先生は、ただ黙って私をみつめていた。慰めの言葉もない。肩を叩くでもない。けれど、先生のあたたかな心情は、黙っていても伝わってきた。いまを生きる、ささやかな命。その灯火が尽きるまで、見守ってあげよう。他に、なんにもしてあげられないけど。(11)