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あらすじ
学問だけを生きがいとしている一郎は、妻に理解されないばかりでなく両親や親族からも敬遠されている。孤独に苦しみながらも、我を棄てることができない彼は、妻を愛しながらも、妻を信じることができず、弟・二郎に対する妻の愛情を疑い、弟に自分の妻とひと晩よそで泊まってくれとまで頼む…。「他の心」をつかめなくなった人間の寂寞とした姿を追究して『こころ』につながる作品。

 

ひと言
漱石の「行人」は今まで一度も手にしたことがなかったので、読んでみようと思った。最初はエンジンがかからずおもしろくないが「兄」の途中ぐらいからおもしろくなってくる。最後の「Hさんの手紙」は必要ないかもしれないと思った。

 

 

「正直な所姉さんは兄さんが好きなんですか、又嫌なんですか」自分はこう云ってしまった後で、この言葉は手を出して嫂の頬を、拭いて遣れない代りに自然口の方から出たのだと気が付いた。嫂は手帛と涙の間から、自分の顔を覗くように見た。「二郎さん」「ええ」この簡単な答は、恰も磁石に吸われた鉄の屑の様に、自分の口から少しの抵抗もなく、何等の自覚もなく釣り出された。(兄 三十二)

 

 

「男は厭になりさえすれば二郎さんみたいに何処へでも飛んで行けるけれども、女はそうは行きませんから。妾なんか丁度親の手で植付けられた鉢植のようなもので一遍植られたが最後、誰か来て動かして呉れない以上、とても動けやしません。凝としているだけです。立枯になるまで凝としているより他に仕方がないんですもの」(塵労 四)