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あらすじ
真也は30歳。出版社で編集の仕事をしている。彼は幼い頃から、品物や場所に残された、人間の記憶が見えた。強い記憶は鮮やかに。何年経っても、鮮やかに。ある日、真也は会社の同僚のカオルとともに成田空港へ行く。カオルの父が、アメリカから20年ぶりに帰国したのだ。父は、ハリウッドで映画の仕事をしていると言う。しかし、真也の目には、全く違う景色が見えた…。わずか7行のあらすじから誕生した二つの小説。大切な人への想いが、時間と距離を超え、人と人とを繋げていく。有川浩meets演劇集団キャラメルボックス。小説×演劇の全く新しいクロスオーバーから生まれた物語の光。

 

ひと言
TVドラマ「空飛ぶ広報室」(新垣 結衣)が4月14日(日)9時から、映画「図書館戦争」(岡田 准一 榮倉 奈々)が4月27日(土)公開、映画「県庁おもてなし課」(錦戸 亮 堀北 真希)が5月11日(土)公開と、今大人気の有川 浩さん。いろいろと新しいものに取り組もう(この姿勢が人気の秘訣なんだろう)とする有川さんだが、今回のようなパラレルワールドならもっと明確な差が出るような2つの物語にしたほうがよかったかも。

 

 

「本当にそれでいいんですか」真也はまっすぐ榊の目を見た。榊の目はわずかに揺れた。「――僕はあのときから、白石の遺した望みを叶えるために生きているんだ」「あなたの気持ちはどこへ行くんですか」「僕の気持ちなんて」「あなただけじゃない」真也は強い声で遮った。「輝子さんの気持ちは。カオルの気持ちは。あなたの選択では生きている人は誰も救われない」そして榊が気づいていない命題を突きつける。「あなたたちが愛した白石晴男は、遺された愛しい人たちにあくまで不幸な従属を求めるような死者なんですか」榊が虚を衝かれたような表情になった。「あなたの選択は、白石さんをそのような死者にしてしまいます」明らかな動揺が榊を襲った。「違う。――彼は身勝手だったがそんな男じゃ、」「それなら遺言を取り違えたんじゃないですか?」
哀れむな。哀れまれるなど、お前にも妻にも娘にもごめんだ――
激烈なその言葉は、真也には別の意味合いを持って聞こえる。「哀れむなというのは、あなたたちを解放しようとした言葉じゃないんですか?」俺を哀れむな。振り返るな。顧みるな。俺は俺の生きたいように生きた。後はお前たちも勝手にそうしろ。なぜお前たちは勝手に生きない― 白石が亡くなって十数年の時を経て、真也には臨終の言葉がそう聞こえる。「不器用なことも偏っていたことも歪んでいたことも本当でしょう。そうであれば、なぜ臨終のときだけ心安らかな言葉を選べると思います?」愛しい者の幸先を祈るときでさえ、彼は激烈にならざるを得ないような生き物だったのだ。「愛しているよと、だからもう俺のことは気にせずに幸せになってくれと、穏やかにそう言えるような人でしたか」榊の目に涙が溢れた。「……僕は、」涙が瞼を乗り越える寸前で榊は俯いた。「僕は、彼が許してくれると信じていいんだろうか。僕が、」――彼女たちを愛することを。静かな息で榊はそう呟いた。「死者の思いは遺された者が決める、と僕の敬愛する作家が言っていました。使者を荒ぶる者にするのも安らげる者にするのも生者を解釈次第だと」君は、と榊が赤くなった目を上げた。「どうして僕たちのこんなこじれた物語にそんな解釈を与えられるんだ」問われて真也はにっこり笑った。「僕は編集者ですから」(Here Comes the Sun)