SUKUNA事務局長さんの本日ブログです。

事務局長さんは

我々に起こりうるすべての
出来事に意味があり、それら

のすべては偶然ではなく、
必然だとするのなら、あの

東日本大震災をはじめ過去に

起こった自然災害は

神が我々に尊い命を奪って
でも教えてくれたのでは
ないのでしょうか?

「自然災害は今後も必ず起こる」
「だから真剣に備えよ」

「わかっておるのか」と…

「大地震の恐ろしさ」
「大津波の恐ろしさ」

「大火事の恐ろしさ」
「大雨の恐ろしさ」

そのすべてを身を持って
我々人間にわからせようと
されたのではないのか?


だとすれば、あの震災で被災
されてお亡くなりになった

方々のためにも我々はこの
経験をどう活かすのか?

次の希望ある世代に語り
継いでいかねばならない…

大事な「出来事」では
なかったのか?
と考えています。

この経験を糧に我々人間は
これから一日、一日をいかに

大切に、そして家族や地域の
人々その他自分の周りの人々に

感謝し、人々に「やさしさ」
を提供しなければならないの
ではないでしょうか?

明日、どうなってもいいように
今日一日を悔いのないように


精一杯生きていかねば
ならないと思います。

それが、この世に生を受け、
今生きている我々の使命
なのです。

そうはいっても我々はまだまだ
「本気ではない」のではなかろうか?

どこか「もう来ないだろう」
「そんなに何度も来ないだろう」

「まさかこの地域はないだろう」
など…

どこかに安心している部分が
あるのではないだろうか…

あの東日本大震災の時、日頃から
防災訓練を何度も何度も先生と

子供たちが真剣に取り組んだ
中学校がありました。

釜石東中学校の生徒と先生です。
この釜石地方は地震があれば


必ず津波がくる…。

地元のお年寄りは、そう言って
常に子供たちに「危機感」を

時間があれば伝えていました。

その中学校では、何度も何度も
しつこいくらいの避難訓練が
行われていたのです。

子供たちはどの避難訓練も
常に真剣に本当に津波がきた
と想定して高台に走ったのです。

何度も何度も…。

時には学校の軽トラックで時速
36Kmで後から子供たちを追い
かけたそうです。

それは「津波の襲ってくる速度」
だそうです。

子供たちは津波が襲ってくる
その恐怖をそれで実感したという。


だからこそ「津波がきてから
逃げたのでは間に合わない…」

「地震が起きたらすぐ非難
しないと間に合わない…」

そう肌で感じたからこそ
子供たちは「必死で」避難
したのです。


先生から子供たちには
「自分の命は自分で守る」
これを徹底したそうです。

また子供たちは近所の家を1件
づつ訪問し「避難しました」と

いう連絡ボードを配って回り
ました。

それを玄関に掛けておくことで
わざわざその家へ助けに行く


時間が節約されるからです。
こうしてあの3.11…。

子供たちは帰る時間で先生は
「職員室」にほとんどいました。

14時46分、大きな揺れが起こった時
先生方は教室へ大急ぎで戻って

子供たちを先導しようと思って
懸命に走って各教室へ…。

すると各教室には誰もいません…。


どこの教室にも誰もいません
でした。

子供たちは先生の指示を待つ
までもなく、自分自身の意思で

それも、わずか5分ほどで高台
のいつもの避難所へ誰一人

遅れることなく、全員が避難所に
到着していたのです。

「見事としか言いようがありません」
それしか言葉が見つかりません。

これは日頃から「地震は必ずくる、
そして地震がきたら次に津波がくる」

と日頃から徹底されて訓練したこと
を実直に実行したのでした。

この子供たちの真剣な避難行動に
つられて大人たちもつられて避難
したそうです。

そのことで多くの人々の命が
救われました。


また各家庭に配った「避難ボード」
もそれが玄関にあることでかなり

避難する人の時間の節約になった
といいます。

釜石東中学校の生徒とその先生方、
常に津波がくることを想定し、
「本気の避難訓練」をさせた先生。

それにこたえて常に本気で答えた
避難訓練…。

「意識が変われば行動が変わる」
「行動が変われば最終的に人生が
変わる」のです。


        (下略)
と綴られています。
素晴らしいお話ですね。

昨日は一日自問自答を無意識に
していました。

ひとつずつクリアにして行きます♪

今日も大爆笑とありがとうを
繋ぎます。

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是非全文ご覧下さい。

SUKUNA先生の昨日のVTUBEです。
是非ご覧下さい。