学会員さん知ってましたか?

 

現在の原田会長は、あの山友と一緒に池田先生に会長を辞めるよう話をした一人だということを。

 

ここ数年、原田氏はしきりに「自分は池田先生の直弟子だ」と話しているようです。

でも本物の弟子なら、誰よりも先生の戦いを理解し、

誰よりも先生の戦いを理解しているのなら、絶対に先生を会長から辞めさせるようなことはしない、と思いませんか。

 

昭和54年当時、会長をやめた池田先生に黙ってついていった方もいるそうです。

その人の方が、直弟子だと思いませんか。


この事実がどうして分かったか。

それは、矢野絢也氏が書いた著書の中に当時の記述があったからです。

「矢野氏はメモ魔で手帳に何でも記録している」という話を聞いたことはありませんか?

会合等で聞いたことがある方もいると思います。

そのメモの中に、残されていたんでしょう。

下記がその記述です。

 

    

会長を辞めることになったんだよ
 池田氏はボソッと言った。私もなんとなく不穏な空気を感じてはいたが、まさか事態がそこまで追い詰められていたとは知らず、飛び上がらんばかり
に驚いた。
 「四人からそれしかない、と言われてな。次の会長は北条になる」

四人というのは原田稔氏、山崎正友氏、原島嵩氏、そして創共協定の野崎氏である。事態収拾のために宗門と打ち合わせ、この四人はこうなったら先生に会長をご勇退いただくしかない、と進言したという」 

 

矢野絢也著『私の愛した池田大作』226~227頁。

 

池田先生は、本部幹部会で「誰が私を会長からやめさせたのか。発表しようと思ったけれど、奥さんに相談したら止められた。なので発表しないことにした(趣意)」というような発言をされています。

 

私が思うに、この時、この4人の件や週刊誌への情報流出の件(後日ブログに書くつもりですが)の話をしようとしたのではないか?と思われます。

 

また、本部の説明では、「山崎正友氏こそが諸悪の根源」というような説明をしています。
それが、この資料により崩壊しました。

原田稔氏も山崎正友氏と共に先生を辞めさせる側の一員だったわけです。

本当に反省をしたり良心があるのであれば、「一生、末端の立場で地道に戦い償っていく」と、決意すると思うんですが、そういう気持ちはないのでしょうか。

本当に見苦しいですね。

 

  著書画像

 

 

 

 

 

  メモ

 

※昨日、Xで大事な話がなされたので、とりいそぎメモをしておきます。

あとでこの記事を書き直すかもしれません。