戦前(昭和20年より前)は分娩時に
胎児や新生児が死亡したり母体が死亡

したりの件数は現代よりはるかに
多かったが、こんな弱い子を産んだ

あなたが悪いで片付けられていた。
それが当たり前の世の中だった。

実際5歳まで育つことがかなり難しい
時代でもあった。

母体死亡があっても医者が「やれる
だけのことはしました」で済んでいた。

当時でも訴訟はあるにはあったが
患者側が医者の落ち度を証明出来ない

限り医者が負けることはなかった。

戦後アメリカの文化が大挙して押し寄
せて来て世の中が大きく変わった。

アメリカは「自由の国」のイメージが
強いが、実は訴訟大国である。

弁護士の数が桁違い。
2005年のデータでは

日本の人口1億3000万弱に対して
弁護士は2万人。

アメリカは人口3億1000万強に対して
弁護士は100万人。

当然食えない弁護士がうじゃうじゃ
いる。

彼らは病院の廊下やロビーで営業する。
米国では医者はシッティングダック。

座ったアヒル。撃ち放題。
日本でも昭和40年頃から訴訟が増え

始め、間もなく医者の方が自分に
落ち度がなかった事を証明出来ない

限り医者が負ける時代になった。

一連の出来事を後から振り返って
あの時点でこうやっていれば、

この時点でもこうしていれば今とは
違う結果になっていた筈だ。

こういう攻められ方では医者は大変。
ことごとく医者が負ける時代に入った。

次第に医者が疲れて分娩を取り扱わない
施設が増えた。

特に都市部で顕著。
これが今の産科医療の実情。

終戦〜数年は空前の出産ラッシュで
産科を志望する医学生も多く居たが

世の中に訴訟が氾濫するようになると
これを嫌って志願者が激減した。

すると現場がハードな勤務にならざる
を得ない。

人間も疲れるとミスが増える。
そこを突かれて訴訟を起こされる。

こういう悪循環を防ぐ為に平成21年
から産科医療補償制度が始まった。

重度の脳性麻痺が起きた時は過失の
有無に関係なく補償金が支払われる。

この制度をきっかけに訴訟が減り
結果産婦人科志願者が増え

産科医療が復活する時代がやってくる
ことを願っている。