子宮頸がんの疑いをかけられたのは

2013年3月。

下の子を産む5日前でした。

 

 

 

このブログを始めたときにも

一部記事にしていると思います。

若い女性も多くり患したり

ワクチン問題もありたまに目にしますね。

 

 

 

 

 

 

 

私もずっと検診に行っていたし

がんが分かった時は妊娠中だったので

決して医療機関を

遠ざけていたわけでもなく自分でできる範囲の

自己管理はしていたつもりだったので

初めての大きな病気でとても取り乱しました。

 

 

 

死ぬのか?

子どもはどうするの?

子宮はどうなるの?などなど

今回のパーキンソン病と同じく

毎日検索する日々でした。

 

 

 

最初はがんを見つけてくれた病院で

手術をする予定にしていて

自己血採取や術前検査などすると同時に

家ではどうにか後遺症を

回避できる治療法はないかと検索の日々。

そうこうしていると当時

子宮頸がんでは認められていなかった

センチネルリンパ節生検やトラケレクトミーに

力を入れている病院を見つけ

セカンドオピニオンをお願いし

お話を伺いました。

 

 

 

最初に見つけてもらえた病院は

公立病院だったので

標準治療しかできないといわれていて

『後遺症を残したくない』という私に

『同じような患者さんも頑張っています!』と

しか言ってくれなかった。

後遺症が残るのは当たり前

みんな頑張っているけど

あなたは頑張れないんですか?

と言われているようで怖さを感じました。

 

 

家族も『命は助けてもらえそうだから、

もうおとなしくそこで治療を受けて』

というスタンスで味方は一人もいなかった。

 

 

 

そのあたりの気持ちも含めて

セカンドオピニオンした病院で話すと

『術後のQOLに重きを置いて治療をしている。

生きていたら100点な治療は目指していない。』

とはっきり言ってもらえて

その考えや言葉だけでどれだけ救われるかと

全幅の信頼をもって

治療に向き合えたのを思い出します。

医師や看護師さんたちだけが

支えだったと今振り返っても思います。

 

 

 

ただ先日、標準治療についての

最近の資料を見ると私が受けた治療は

まだ標準治療になっていないようで。

まだ多くの方が

後遺症が残る治療で悩んでいるんだなと思うと

自分がこうやって普通に過ごしていることに

なんだか複雑な気持ちを感じたり…

 

 

 

それでも当時の毎日の検索は

ただの悪あがきじゃなかったんだと

周りに流されず決めた自分の決断は

間違いじゃなかったと思っています。

例え結果的に悪あがきになったとしても

病院選びって大事目

 

 

 

病気と言われるだけでも

気持ちの持ち方が難しいのに

将来に不安を抱える方がまだ多いなんて…

もちろんよい治療だからはいどうぞ!

とはいかないのはわかるけど

少しでも多くの人の不安が減っていく治療が

安定的に受けられることを願うばかりです。

 

 

 

 

 

 


パーキンソン病はどれだけ検索しても

完治は難しいとか

人によって症状や薬の効き方が違うとか

謎が多い病気で素人の私には

調べることにも限界を感じるとともに

疲弊感を感じます。

でも、

IPS細胞や遺伝子治療も少しずつ進んでいる。

(はず)

多くの人が期待しながら

なんとか命と心をつなぎながら

生きているんだと思うと

早くして~と思うけど

確実に前に進んでくれて

どんな病気でも『命があればOK』な治療が

少しでも減っていけばいいのになと

考えたりしています。