3月14日:牛丼、あるいは運命の助走
成田空港へ向かう道すがら、僕はいつものように吉野家の暖簾をくぐった。特別な儀式というわけではない。ただ、直行便でマカオへ飛び立つ前に、身体が牛丼に含まれるある種の「平穏なエネルギー」を求めていたのだ。紅生姜を適量乗せ、七味を振る。それが僕のルーティンであり、運気をチャージするための静かな祈りでもあった。

マカオに着いたのは19時だった。
ブロードウェイ・ホテルへ向かうバスの路線図は、僕の目にはシュールレアリスムの絵画のように難解に映った。結局、僕はベネチアン行きのバスに乗り、そこから歩くことに決めた。1.7km。たいした距離ではないと思っていたが、実際に歩いてみると、それはまるで終わりのない滑走路のようだった。
チェックインを済ませ、荷物をベッドに放り出すと、僕はカジノ・ギャラクシーへと足を向けた。
ミニマム1000というのは、正直に言って心地よい数字ではない。しかし、人生において「短期決戦」が必要な局面は確実に存在する。
僕は7連勝中のバンカーに1000をベットした。カードを絞る青年に、僕は無言の連帯感を送る。
プレイヤーは「8」。
絶望的な数字だ。
だが、青年の手元には逆転の「9」が滑り込んできた。
「ナイス」と僕は心の中で呟いた。
その後、勝ったり負けたりを繰り返し、僕は自分でカードをめくる喜びに浸り、ギャラクシーでプラス1000の利益を得てベネチアンへと移動した。
ベネチアンのレートは、僕の胃壁を少しばかり刺激する程度には高かった。しかしバカラでプラス2000を積み上げ、僕はそれを元手にブラックジャック(BJ)のテーブルに座った。
だが、そこには不毛な荒野が広がっていた。ディーラーは決してバーストせず、僕の手札は常に一歩及ばない。1勝3敗のペース。
場所を変えても、風向きは変わらなかった。
ベネチアン戦績:
バカラ:+4000
BJ:−6000
初日のトータルはマイナス1000。
「これくらいで勘弁してやるか」
僕は誰にともなくそう言い残し、深い眠りについた。
3月15日:中国の老婆と、蟹と、クラップスの沈黙
二日目。僕はグラリス(グランド・リスボア)で、チマチマとした、しかし確実な勝利を積み上げようと考えていた。
その前に朝食をとった。メニューなど存在しない。壁の写真を指差し、言葉の通じない相手に意思を伝える。それはある種、洗練されたコミュニケーションの形だった。味は、驚くほど僕の舌に馴染んだ。

しかし、BJのテーブルでは、予期せぬ「不条理」が僕を待っていた。
隣に座った中国の老婆が、1、1、2という手札でステイしたのだ。
アドリブとしてはあまりに悪趣味だった。その結果、ディーラーは3から8を引き、最終的に10を引いて「21」を作り上げた。僕の「20」は、路傍の石ころのように無価値なものに成り下がった。
「やれやれ」と僕は思った。これもBJという名の、理解しがたい人生の一部なのだろう。
グラリス戦績:
バカラ:+10500
BJ:−8800
(トータル:+1700)
昼食はportmanさんのオススメに従い、「蟹皇撈」を目指した。約3kmの道のり。タクシーを使えば済む話だが、知らない街を目的地もなく歩くのは、僕にとってそれほど悪いことではない。
50分後、僕は目的地にたどり着いた。

愛想のいいおばちゃんに勧められるまま、最高級のセットと青島ビールを注文した。

会計は206。僕が小銭を探してモタモタしていると、彼女は「200でいいよ」とウィンクした。世界は時として、僕のような孤独な放浪者に微笑みかけてくれる。
午後はMGMへ。
自称「サイコロマスター」としてクラップスに挑んだが、6と8が決まったのは最初だけだった。次第に運気は、砂時計の砂のように指の間からこぼれ落ちていった。バカラやBJに逃げ込んでも、事態は悪化する一方だった。
16時現在のトータルはマイナス4300。
「やれやれ、今回はなかなか手強いな」
3月15日 17:00:逆転、そして内なる嵐
僕はリスボアの「水晶宮」へと移動した。
バカラの女神は、ようやく僕を思い出したようだった。プラス3000。
さらにグラリスに戻り、先ほどのBJテーブルでリベンジを果たす。
21時、トータルはプラス2850まで回復した。
タイムリミットは翌朝の7時半。僕は一旦仮眠をとり、最後の直線コースに備えることにした。
だが、運命は狡猾な伏兵を潜ませていた。
深夜、激しい腹痛で目が覚めた。トイレに駆け込んだが、体調は一向に回復しない。胃の中で何かが激しく反乱を起こしている。まるで、食べた蟹が中で暴れているような気分だった。
結局、朝の5時半まで苦しみ、僕はフラフラになりながらパリジャンへと向かった。
「バカラで一勝し、スタジオシティのBJで完璧に締めくくる」
そんな僕の美しい計画は、吐き気という現実によって無惨に打ち砕かれた。
最終結果:
バカラ:13500
BJ:−6000
クラップス:−2500
トータル:+5000
勝負には勝ったのかもしれない。だが、僕の身体は不完全燃焼の煙を上げ、今にも崩れ落ちそうだった。
最後の直線コースを駆け抜けることはできず、僕はマカオを後にすることにした。
体調には勝てない。それが今回の旅で学んだ唯一の教訓だった。
来月には「インスパイア」が待っている。
僕はそこで、もっと静かな、そしてもっと完璧な勝利を手にするつもりだ。
たぶん。