無限遠 | 日記のような物

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人は、「無限遠」を求めている【落合陽一×三淵啓自】 | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)
一部引用

空間に対する自分のセンスが住空間に一致する快適さ

三淵:それでもあえて言うなら、住空間には空気感が大切ですよね。

落合:
そう、人間の空間に対するコミットメントが高いことが重要。例えば羽生結弦選手のフィギュアスケートの演技は時間、空間に対する感度が異様に高い。一般の人でも自分の空気感が住空間と一致していないときにイライラするんだと思う。僕はタワーマンションに住んでいるんですが、窓から見える無限遠の風景が、エレベーターで降りると、近景=フォーカスぼけの世界に変わる。その落差が非常に心地良いんです。日々の暮らしとしてはこれは結構大事な要素です。




私が、羽生選手のスケートに惹かれる理由の一つが「無限遠」のという言葉で
現わせることにきづきました。
あと、後述、佐藤信夫先生のコラム
「スケートの原点を示してくれた」
これにつきます。

無限遠を感じるプログラム。



2018.2/18   朝日新聞コラム
佐藤信夫先生の言葉

「スケートの原点を示してくれた。」











(一部引用)

教育では気づかない本物の価値

多くの人は自分のやりたいことが何なのか、あるいはお金の価値から自由になるためにはどうしたらいいか、そういうことがわからないように教育されています。現代の教育って基本的には工業化することです。工業化とは、同じ価値でも一見すると変わったように見えるものを提示することです。

僕はグミが大好きなんですが、グミはまさに究極のもの。中身や成分はほとんど一緒だけど、パッケージにあるビジュアルを信じこませて、「これはオレンジ味だ」「これはリンゴ味だ」と思って食べさせる。どこまで人は信じられるかっていう英知の結晶なんですよ。そんなことだけをさせられていたら、自分のやりたいことなんてわかるはずありません。

一方で、アートとかデザインとかサイエンスとかエンジニアリングとかって、それだけではなく、人間の営みについて本気で考えている側面があります。本気で何かをやっている人たちにしか生み出せない価値、「本物」があることを知ること、それはとても重要です。

本物には時間的な蓄積、本質的な価値があります。最近、オリンピックとか見ているとすごく感じます。アスリートは純然たる複雑性がなくて、すごく誠実だなと。何かを成し遂げるためにはやらなきゃいけないことがあって、ずっとそれをひたむきにやってくる。そういう人じゃないとオリンピックで金メダルを取れないのかもなと思います。
例えばフィギュアスケートの羽生結弦選手を見ていると、ものすごく尊いと思います。フィギュアスケートは、人類がやっている中で一番速いスピードで動くダンスですね。圧倒的に速い。その高速の中で跳んだり回ったり演技する。これはものすごく尊いことです。

スポーツだけじゃなくて、音楽でもそうです。BABYMETAL(ベビーメタル※3)にも同じ感じを覚えます。彼女らを見ていると、ある一瞬っていうものが過ぎ去ることがわかっていて歌っているんだなと思うんです。そういう刹那(せつな)な覚悟感を両者から感じます。
テレビでズームされて一部を切り取ったものだけを見ていると、時間性と空間性が失われてしまうから、「羽生君かっこいい」それで終わってしまうかもしれません。でも本物を実際に見ることにはとても価値があるし、本物とそうでないものにはものすごい違いを感じます。