久しぶりのブログです。
2年前に最後のブログを書いていたことも
読み返すまで忘れてた。
今日ふと思ったのです、ブログ書こうかなって!
2年前このブログで綴っていた時期は、いろいろ悩んでたなあ、
懐かしいな。
悩んで悩んで、いろんなことも学びに行ったり、
挑戦してみたり、人生の転機だった。
この2年、その時悩んでいた夫婦関係は解決し、
結局離婚になったのだけど、なんかそれがベストだったのだと思う。
離婚を2人で決めた瞬間から、すごーくスッキリして!
長く悩んでいたので、モヤモヤから抜け出した爽快感!
気持ちも久しぶりに晴れて、あの時から一気に楽しくなったのですよね、
不思議と結婚生活の中で、離婚を決めてからの方が楽しく暮らせたのです。
そして2年経ち・・・
再び独身生活を楽しんでいます。
人生は、与えてくれます、次なる試練を。
試練なのか何なのか、真っ只中にいると、それが試練なのか
よくわからなくなります。
母のこと。
昔から、高校生ぐらいかな、一緒にいるのがいやになりました。
いつも何かに悩んで、頼んでもないのに頑張りすぎる、辛そう、
なんか、疲れるんです、見てるだけで。。
尊敬できなかった。理想の母ではなかった。
母に対して心を閉ざしてきました。
でもずっとこのままは行かせてくれないんだなって思った。
心に引っかかっていることは、見ないふりしてこのまま行くことは
できないようになってるんだな。
向き合うべき時がきたのだと思う。
母が病気となって歩くことや日常でできないことが増えていくこと、
そのできない姿や辛そうな姿を見るのはやはりいやな気持ちになるのです。
娘なのに、苦しんでいる母を労われない、優しくできない、
ジレンマが不快。気持ちを揺さぶられて辛い。
なぜ病気の人に怒りの気持ちが沸くのか、
何か自分にされているわけでもないのに、なぜ怒りが沸くのだろう。
自分を大切にしない人への怒りがあるのだと思う。
あと気づいたことがある。
なぜ怒りが沸くの?
お母さんがこうだから、と母に対してこう思うから、
のその先、
自分に力がないと思ってるの? だった。
自分と一緒にいる母親が苦しそう。
私には価値がないのか、苦しませる存在なのか、
無意識の深いところでそんなことを感じて蓄積してきたのではないか。
だから苦しそうな母を見ると、その後ろにいる自分に、
力がない自分を見るようで不快なのかもしれないと思った。
それで怒りたくなるのかな。
気づかなかった、母に対して怒ってるんだと思った。
だけど自分が不快だった、力のない自分、存在価値のない自分を感じるのがいやで。
父もきっとそうなのかもしれない。
そのことに気づいてから、ふっと軽くなって、
母に対して怒りが消えた。不思議と。
自分に対して怒っていたのなら、自分で自分を力がないと思っていたということ。
私そうじゃないよな、と思えた。
私はいるだけで価値がある存在。
そう思うことで気持ちが変わった、速攻で。
相手を通して自分を知る。
自分の自分をどう思っているかを知る。
相手に対して思うこと、何かされたわけじゃないのに
感情がうごくことは、相手に対して思ってるんじゃなくて
自分に対して思うことなんだね。
そうゆうことかあ。