息子の卒業式がありました
風に乗った雪が
おどりながら
祝いをあげてくれているかのような天気
ひんやりとした空気が
わたしは心地よく
時にぶるっと緊張感もあり
しゃんと伸びた背すじ
入学当初はきっとぶかぶかだっただろう制服が
今は足りなき袖や裾
特に少年たちの勇ましく歩く姿を目で追う
学校長式辞、
「私たち大人は、あなたたちに
手本となる姿をみせることができたでしょうか」
先生の苦悩も入っているかのように受け取れた一文
ゆっくり語られる言葉に
我をも振りかえることができた時
卒業生代表の答辞は
一月一日奥能登で地震を経験したことを伝え
このまま止まっていることができない
生きていかなければいけない、と熱き、たましい込められた内容に、声に、
自分のどこかが
ずん
ずん、と響いているような気がしました
こんな素晴らしい内容をつくり
人さまの前で
堂々と
声を出し
思いを乗せ
読むことができるのだろうか
今も思い起こせば心うごいたあの場面が思い出されるようです
時折、声ふるわせ絞りだしながら
最後まで立派に放たれた言葉、そして彼に、
彼を育んでこられたおやごさんに
ありがとうと伝えたい
ほんとうに
すばらしい
すばらしい、答辞でした
子ども達は私たち大人より
澄んだものをもち
まっすぐな思いをいだき
生きています
きっと、私たちもそうだったように
そして、今も私たちにはあるのかもしれません
それに蓋をして
がんばっている
日頃の慌ただしさで
いつしか忘れ去っていったのかもしれない
「今のわたしの行いは
次世代の彼、彼女たちにお手本となっているだろうか」
刻まれた卒業式でした
15年、
一生懸命
我が子を育まれたお父さん、お母さん
おつかれさまでした
導いてくださった先生方
ありがとうございました
もしかしたら
みんな、「これでよかったのかな」そんな迷いを持ちつつ
今を生きているのかな
そう、学ばせてももらった時間でした
侍や忍者になりたかったぼくは、
悠に見あげる背丈になりました
出逢ってくれてありがとう
うまれてきてくれてありがとう
卒業おめでとう
幸あれ!
たむらめぐみ
