外食時
おとなりさんのテーブルには手を伸ばせば届くだろう距離
後からお子さん連れのご家族がその席に。
すぐさま、「いいの?」と聞こえてきました
幼き声がわたしの耳をとらえました
お母さんが、スマホをあたえます
それからお子さんはスマホをみながらごはん
私の向かいに座る息子の波が荒くなってきたのがわかりました
イライラしています
私たちはわざと会話を弾ませるようにし
その光景を意識しないようにしていたのかもしれません
ご両親と思われるお二人は話しに夢中
ひとりスマホを片手にご飯を食べるぼく
食べこぼしや箸の持ち方には、うつ向き、大きくため息を出したいほど
その場に居ることが耐えられなくなるように早めにお店をあとにしました
帰りの車では、
おやごさんに対しての不満の数々
私も同感でしたが、
「お母さんも大変なんやと思うよ」
子ども達をなだめるようにその場を荒げることなく済ませました
似たような話しをヨガの時間にもすることがあります
私と似た感覚を持っている人を探すように話しを切り出すのかもしれません
そして、似ている感覚に出合うと安心する私がいます
わが子たちがちいさい頃、スマホがなくてほんとよかった
その頃あったら、私も同じようにしていたかもしれない
本当に子育ては孤独で、大変
大切なわが子なのに、ずっと一緒いることは息が詰まる時がある
たまには大人だけの会話をしたいし、愚痴も言いたい
その出来事は、
たまたまだったよね
矢もを得ずだっただろうな..
おなじお母さん経験者として、いろんな角度から観るようにしています
「悪を持たない・つくらない」
私の生きる指針のひとつ
悪者をつくりだそうとしている自分がいたら
これを思い出すようにします
そして、気持ちを前へ向け、
実りのいえがお母さんの発散の場、いやしの場になればなぁと研ぎ澄まし、純粋なものにしています
数か月も前のできごとが
こうやって、思い出される
幼少時、寂しかった私が、
もっともエネルギーの向くことなんでしょうか
俯瞰して自分観察しています
今日もみなさんがしあわせでありますように
こころとからだが健康でありますように
たむらめぐみ
