実りのいえの空間にいると

ヨガをすると

普段は気づかないものと出合うことがあります

 

 

自分の感情やおもい

 

 

いつもは蓋がされているのでしょうか

がまんしているのでしょうか

それらは無意識の領域だろうなとも思っています

 

 

意識を自分に向けながら、動く瞑想とも言われるヨガをすると抑えていたものが溢れ出したり、湧き上がったり、込みあげてくるような時があります

 

そして、目にもします

 

それが、言葉や水分となり、感覚器官から出てくる

 

出てくるものはなるべくなら止めない方がいいと思っています

 

そんな自分と向き合ったり、ただただ観察したり、流したり、反応しなかったり

 

 

 

 

 

元気になってこれた今の私がいるのは、色んな自分に出合ってきたことも大きいのかもしれません

 

 

 

 

 

昨年末、ひとり悔やみ哀んで大声で泣いた記憶があります

自分の中に溜まっていたものを出すことができたからでしょうか

もしかしたら、リセットされたのでしょうか

新たな出発点を見い出せたような気がします

 

 

 

みよこ先生がクラスの中で、「過去にとらわれ過ぎず、未来を心配し過ぎず、今をみましょう」と話されていました

 

 

とらわれている自分がまだいる感じがしますが、そこに気づいているのと気づいていないのとでは大きく異なります

 

 

自分のおもいに振り回されることもありますが、現実に、今に、いたい

 

 

何事にもとらわれすぎることを手放していきたい

 

 

これらは永遠の目標でしょうか

 

 

 

 

 

 

 

あれから約一年がすぎました

 

 

舞い踊る粒雪を観ながら

あの時の出来事もありがたくおもう私がいます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たむら めぐみ