何かの

 

 

誰かの

 

 

おこないに感覚器官でふれた時

 

 

自分アンテナが動く時がある

 

 

 

 

それはきっと過剰や異常な時

 

 

怒りや哀しみ、どちらかと言えば負のものに反応する

 

 

 

 

その怒りは目の前にある現象だけに発していないのでは?

 

 

どこかの過程で消化や浄化しきれなかった気づいていない何かをのせてないかな...

 

 

満たされていないものも埋めるためでは...

 

 

浮かぶ時がある

 

 

 

 

 

 

もしかしたら、承認欲求ともいうのかもしれない

 

 

家族との会話でSNSのことを話した時も承認欲求ということばが出た

 

 

 

 

 

 

『ヨガを伝える時もこんなことがあるんですよね』

 

 

私がヨガを学んだ方からも似たような話しがあった

 

 

 

 

 

『あ、そう、そう、なんです』

 

 

ヨガを受けた時、かんじたことがあったことを思い出した

 

 

伝え手側の根深いものを察知したことがあった

 

 

 

 

 

 

そして、自分をみる

 

 

まずは自分

 

 

 

 

 

 

学び多き時間をすごしています

 

 

ありがとうございます

 

 

 

 

 

 

 

 

冬らしい気温になってきました

以前いためた部分がわかる時があります

身体は素直です

 

 

 

 

たむら めぐみ