おはようございます

 

 

前回のブログを読み返し、自分を高める

 

 

を見つめました

 

 

 

 

ヨガを学んだ人なら聞いたことがあるのではないでしょうか

 

 

ヨガスートラという、昔から伝わる本があります

 

 

そこには私たちが目指す幸せへのプロセスが八段階に記されています

 

 

その八段階をヨガの八支則(はっしそく)と言います

 

 

講師育成講座ではここも学びます

 

 

内容を詳しく知りたい人は八支則を調べてみて下さいおねがい

 

 

 

 

 

ヨガはマットの上でポーズをとることだけがヨガではありません

 

 

八支則の八段階を実践し、行動することで人として高めていき、幸せになるというものです

 

 

皆さんがご存じのヨガのポーズをとることをアーサナと言い、八支則の三番目にあります

 

 

まず一番目はヤマ、ニヤマと言い、人として控えた方がよいこと

 

 

やった方がよいことがあります

 

 

ヤマ、ニヤマもいくつかに分類されて自分や他者に対して守るべき道徳的な言動です

 

 

ヨガ講師の前に人です

「人として」を実践しないままポーズだけを練習しても進歩に繋がらないと言われています

 

 

 

 

 

八支則の五番目が「制感」(せいかん)です

 

 

自分の五感をコントロールし、外からの刺激にとらわれず、反応せず、感覚を自分へ向けるというものです

 

 

外からの情報や他者との関りにはいろいろなものが生じます

 

 

以前、私が特に外側のものにエネルギーが消費されていたと思う事のひとつに

正確ではないと思われるものや惑わす情報を発信しているのでは..と思うものなどに反応し感情を動かしていた事です

 

 

私利私欲に偏向するものなどには正直

なんじゃそりゃ..と思えたこともありました汗

 

 

現在は全くないとは言えませんが、自分以外は変えれないということ

 

 

そこから、自分はどうありたいか?

 

 

外の情報を自分の感覚器官、目や耳に入れていたのは自分です

 

 

どうすれば私が穏やかに、幸せにいれるか?ここに繋がることが増してきました

 

 

諺のひとつ

人の振り見て我が振り直せにも当てはまりそうですね

 

 

 

 

 

 

自己利益優先の為に自分の身や精神、魂を汚すことは控えたいに辿りついています

 

 

私は徳を積んで、なんとも素晴らしい人ではないと思います

 

 

家族には我も出やすく、自分になんじゃそりゃ...と思うこともあります

 

 

ただ、目指すものがある、そうではない

 

 

振り返ることがある、そうではない

 

 

意識がある、そうではない

 

 

にはちがいがあるような気がします

 

 

失敗や躓きは糧になり、栄養になると思うのです

 

 

 

 

 

 

 

 

八支則の一番最初、「ヤマ」

 

 

人として控えた方がいいことには不盗があります

 

 

盗まないという意味だそうです

 

 

さまざまな盗まない

 

 

恰も自分の言葉や発想のごとく、他者のものを拝借しない

 

 

私はそうとらえています虹

 

 

 

 

 

「高める」、今はこんなかんじです

 

 

外に意識が向きやすい私は八支則の中で今は自分の五感のコントロール、「制感」の時かなと思っています

 

 

五感は自分を高める方向に使えることが幸せだなぁとヨガと出会い約9年目に感じるています

 

(一部参考、ヨガ手帳)

 

 

 

あ...言葉にするのってムズカシイ...

 

 

 

 

 

 

 

 

迷うこと、まちがえることもあります

それが生きるということなのではないでしょうかニコニコ

じぶんそだて中ヒマワリ

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たむら めぐみ

 

 

 

 

 

 

 

 

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