はじめに
全7回の旅館版RMシリーズをお読みいただき、ありがとうございました。
最終回を終えてしばらく経ち、まだ「伝え切れていなかったテーマ」があることに気づきました。
それが「視点」の問題です。
RMの施策を理解していても、
現場で「何を、どう見ればいいのか」が曖昧なまま動いていることが多い。
そのギャップを埋めるのが、今回のテーマ「鳥の目・虫の目・魚の目」です。
2025年は特に、旅館経営者がこの三つの目を持っているかどうかで、
収益の明暗が大きく分かれた一年でした。
こんにちは! ホテル結マネージメント代表の後田大輔です。
30代から10年間、全国の旅館・ホテルの事業再生の最前線で、
経営者やスタッフの皆さんと共に困難に向き合ってきました。
その経験を活かし、現在は業界で唯一、
旅館の事業承継を専門とするアドバイザーとして活動し、また
旅館のレベニューマネジメントの支援家としても活動しています。
三つの目:旅館版RMへの適用
鳥の目(マクロ視点) は、市場全体・業界トレンド・自社ポジションを俯瞰する目。
虫の目(ミクロ視点) は、現場の実数・個々のデータを精密に観察する目。
魚の目(フロー視点) は、需要の波動や変化の兆しを先読みする目。
どれか一つだけでは不十分です。
三つを使い分け、統合することが旅館版RMの「視点力」の本質です。
鳥の目:市場の文脈を読む
旅館版RMで最も避けるべきは「自施設の中だけを見て価格・在庫を決める」閉じた思考です。
市場は動いており、需要は外部環境によって激しく変動します。
鳥の目で押さえるべきポイントは三つです。
①需要トレンドの把握。国内旅行者の動向はもちろん、インバウンドの動きも重要です。ただし「インバウンド全体が好調」という大雑把な認識では足りません。どの国・地域から、どんな旅行者が来ているのか。国別の需要構造まで俯瞰する習慣が、リスク管理の土台になります。
②競合ポジションの俯瞰。地方へのラグジュアリーブランドの参入やリノベーション旅館の台頭など、旅館マーケットは変化しています。「昔からのライバル旅館」だけでなく、自施設のターゲット顧客が比較検討する施設全体を競合として捉え直す視点が必要です。
③損益構造との整合。物価高騰・人件費上昇によって損益分岐点が上がっています。鳥の目を持つ経営者は、こうした外部変数の変化を受けてRMの目標単価(ADR)を見直す判断が必要です。
<2025年の実例:大阪・関西万博の衝撃>
2025年4月から10月にかけて開催された大阪・関西万博は、まさに「鳥の目」の重要性を証明した出来事でした。
万博開催期間中、大阪府内の主要ホテルのADRは前年比3〜4割上昇。
大阪エリアのRevPARは前年比40%超の増加を記録し、空前の特需となりました。
一方、関西圏外の旅館やリゾートホテルはどうだったか。
「万博があるから関西は需要が旺盛」という鳥の目の認識がないまま、
関西への国内旅行需要の吸い上げに対して何も手を打てなかった施設は、
稼働率・ADRともに厳しい状況を強いられました。
鳥の目は「チャンスを掴む」だけでなく「需要の流出を察知する」目でもあります。
万博のような大型イベントが他エリアで開催されるときは、自エリアへの影響を先読みし、
価格戦略や訴求ターゲットの見直しを行う必要があります。
虫の目:数字の解像度を上げる
旅館は「プラン×部屋タイプ×人数×食事条件」という複雑な商品構造を持ちます。
需要の波動も大きく、虫の目の精緻さが一般ホテル以上に求められます。
①プラン別収益の精査。食材原価を引いた粗利ベースで、どのプランが本当に儲かっているかを把握できていますか。付帯消費(館内飲食・体験)を含めたTRevPAR(1室あたり総売上)で見ることで、真の収益貢献が見えてきます。
②予約リードタイム分布の把握。「いつ、誰が、どれだけ先の予約を入れているか」を施設ごとに把握することで、「いつまで待ってから値引くか」「いつからレートを上げるか」という判断精度が上がります。
③曜日・週次の需要凸凹の可視化。休前日と平日、連休と通常週末——この差が数倍になるのが旅館の特性です。「なんとなく週末は高く」ではなく、需要帯ごとに根拠のある価格・在庫設計が求められます。
魚の目:変化の兆しを先読みする
魚の目の役割は「動き」と「流れ」を読み、先手を打つことです。
①予約ペース(ピックアップ)の読み取り。
「今日時点で30日後の稼働率は何%か」「1週間前の同時点より予約の積み上がりは速いか遅いか」——
この比較が先行指標になります。ペースが速ければレートを上げるチャンス、遅ければ早めの対策が必要なサインです。
②市場・地域の変化への感度。
地域のイベントの規模・日程変更、競合の動向——
こうした情報を早期に入手し、先手の施策につなげる習慣が大切です。
③競合の動きの察知。競合のレート変更は「単なる値下げ」ではなく、在庫状況や需要認識の変化として読み解きます。
<2025年の実例:中国インバウンド急変とその構造変化>
2025年11月、高市首相の台湾有事に関する国会答弁をきっかけに中国政府が日本への渡航自粛を呼びかけ、
中国人訪日客が急減しました。12月には前年同月比45%減、翌1月には60%減という水準で、
春節(2026年2月)も大きく落ち込みました。
中国依存度が高かった関西エリアの一部ホテルでは大量のキャンセルが発生し、
稼働率確保のため価格を大幅に引き下げる施設も出ました。
これは「魚の目の失敗」の典型例です。政治的リスクはいつ顕在化するかわからない。
それでも、鳥の目で「自施設の中国依存度」を日頃から把握し、魚の目で「予約状況に異変はないか」を
敏感に感じ取ることができていた施設は、早期にOTAのターゲット設定の変更や、
国内・他国籍向けのプロモーションへのシフトという対策を打ちやすい立場にありました。
同時にこの局面は、旅館版RMの本質を問い直すものでもあります。
インバウンドの特定国に依存したビジネスモデルは、政治・外交リスクという「制御不能な外部変数」によって
一夜にして崩れ得ます。国内需要を安定的に確保しながら、インバウンドは国籍を分散して取り込む——
その構造を平時から設計しておくことが、旅館経営の持続可能性に直結します。
三つの目を統合する
三つの目は連鎖させて使うことで力を発揮します。
鳥の目で戦略的文脈を設定し、
魚の目で変化の兆しをキャッチして仮説を立て、
虫の目でデータ検証し具体的な施策に落とす。
2025年がまさにそれを証明しました。万博という大型イベントの影響を鳥の目でとらえ、
自エリアへの国内需要流出を魚の目で早期にキャッチし、
虫の目で自施設の在庫・プラン構成・ターゲット客層を組み替えた施設は、
厳しい市場環境の中でも収益を守りました。
逆に、中国インバウンド依存の構造を鳥の目で見直せず、
急変の兆しを魚の目で捉えられなかった施設は、後手に回りました。
ここで、三つの目にはそれぞれ「得意とする立場」があることも押さえておきたい。
虫の目は、現場に近い担当者が本来の強みを発揮できる視点です。
日々の予約データ・稼働状況・プラン別実績を肌感覚で追える現場スタッフやRM担当者こそ、この目を最も鋭く磨けます。
一方、鳥の目と魚の目は、全体を見渡せる経営者やマネジメント層の強みの目です。
市場構造の変化、競合環境の推移、外部リスクの兆し——
これらは現場の業務に追われていると見えにくく、組織の上位にいる人間が意識的に持たなければ、
誰も持てないままになりがちです。
旅館業界を長く見てきて思うのは、鳥の目・魚の目を自然に持っている経営者と、
そうでない経営者の間には、収益力と判断の速さで大きな差があるということです。
「現場の数字は担当者に任せているから大丈夫」では足りません。
経営者自身が市場の流れを読む目を持ち、現場担当者との間で三つの目が有機的に連携してこそ、
旅館版RMは機能します。
旅館経営者・RM責任者の方々には、虫の目の精緻さを現場で磨きながら、
鳥の目と魚の目を経営の判断軸として意識的に育てていただきたい。
三つの目をバランスよく持ち、変化の兆しを見つめる組織こそが、
これからの旅館経営を生き抜く力を持てると、私は確信しています。
RMの実践でスキルの差が出るのは「ツールを使えるか」より、
「正しい視点で問いを立てられるか」 です。
鳥の目・虫の目・魚の目を武器に、旅館の持続可能な経営を実現していただければ幸いです。
最後に:あなたなら、今この状況にどう動きますか?
最後に、今まさに進行中の「問い」を置いて、この記事を締めくくりたいと思います。
2026年2月28日、米・イスラエルによるイラン大規模攻撃が始まりました。
最高指導者ハメネイ師が死亡し、ホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に。
攻撃前に1バレル67ドル程度だったWTI原油先物は、3月には一時120ドル近くまで急騰。
旅館経営者にとって、これは遠い国際情勢の話ではありません。
原油価格の上昇は、ガソリン・軽油などの燃料費、リネン類や洗剤・アメニティなど石油由来製品の仕入れコスト、
食材の輸送コスト、さらには電気・ガス料金へと、時間差をともないながら波及します。
原価が上がれば、ただでさえ上昇した損益分岐点がさらに切り上がります。
では、三つの目を持つ旅館経営者・RM責任者は、今この局面でどう動くでしょうか。
鳥の目で見れば——
魚の目で見れば——
虫の目で見れば——
さて、あなたはどう動きますか。
正解はありません。
答え合わせは、ぜひご自身の現場でやってみてください。
三つの目で状況を読み、仮説を立て、動いてみる——
その繰り返しの先に、旅館版RMの真の実力は宿ります。
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