はじめに──なぜ今、「人」を語らなければならないのか

 

「スタッフが足りなくて本当に困っている。」

 

旅館経営者や女将、支配人と話すとき、この言葉を聞かない日はない。

 

採用しても来ない。せっかく採用しても、すぐ辞める。

ベテランは高齢化し、若い人材は育つ前に去っていく。

現場は疲弊し、サービスの質が落ちる。

お客様の満足度が下がり、売上に響く——。

 

この悪循環を、あなたの旅館でも感じていないだろうか。

 

こんにちは!ホテル結マネージメント代表の後田大輔です。
30代から10年間、全国の旅館再生の現場で経営者やスタッフと向き合ってきました。

観光経済新聞社九州支局長も兼務し、コンサルタントとジャーナリスト、

両方の目で旅館の未来を経営者と共に設計する「旅館未来設計士」として活動しています。

 

その私が今、最も重要な経営課題として向き合っているのが、

旅館の原点である「人」の問題だ。

 

 

人手不足は、今や旅館業界の「慢性病」とも言える状態だ。

しかし私は、この問題を単なる「採用難」として片付けることに、ずっと違和感を持ってきた。

 

旅館の人材問題は、表面的な人手不足の話ではない。

旅館の未来そのものの話だ。


旅館×人=未来 という公式


私はこう考えている。
旅館 × 人 = 未来

 

この公式において、「人」は変数だ。

 

変数にはプラスもあれば、マイナスもある。
人がプラスに働けば、旅館の未来はプラスになる。
人がマイナスに働けば、旅館の未来はマイナスに向かう。

 

では、人がプラスになるとはどういうことか。

スタッフが定着し、成長し、旅館の文化を受け継ぐ。お客様との信頼関係が生まれ、リピーターが増える。

経営者と従業員が同じ方向を向き、旅館全体が生き生きと動いている——そういう状態だ。

 

反対に、人がマイナスになるとはどういうことか。

採用しても離職が続き、現場が常に人手不足。ベテランの知識や技術が引き継がれず、サービスの質が安定しない。

経営者とスタッフの間に溝が生まれ、職場の空気が重くなる——そういう状態だ。

 

そして最終的に、人がマイナスであり続けた旅館は、業績悪化し、承継もできず、

廃業や不本意な売却という結末を迎えることになる。

 

私はこの30年間で、プラスの旅館もマイナスの旅館も、両方を目の前で見てきた。

その経験から断言できる。


旅館の未来は、人という変数によって決まる。と。


旅館はホスピタリティ産業である


旅館業は、ホスピタリティ産業だ。

 

ホスピタリティとは、おもてなしの精神——
相手のことを思い、心を込めてお迎えする姿勢のことだ。

日本の旅館には、この文化が何百年もかけて積み重ねられてきた。

 

ホテルとの違いを問われたとき、私はいつもこう答える。
(※わかりやすくするため、多少の語弊はご理解を…)

 

「ホテルは機能で選ばれる。旅館は人で選ばれる。」

 

設備の新しさ、立地の良さ、料理の内容——
もちろんこれらも大切だ。しかし旅館に何度も足を運ぶお客様に理由を聞くと、

必ずといっていいほど「人」が出てくる。

 

「あの仲居さんに会いたくて来た。」

 「支配人が顔を覚えていてくれて、嬉しかった。」 

「スタッフ全員が、本当に温かかった。」

これが旅館の本質だ。
 

建物は老朽化する。
料理のトレンドは変わる。

しかし人と人の間に生まれた信頼は、旅館の財産として残り続ける。

 

逆に言えば、人が変わるたびに、その財産は失われていく。

離職が続く旅館では、スタッフとお客様の関係が築かれる前にスタッフが去ってしまう。

積み上げるそばから、崩れていく。これほどもったいないことはない。


旅館の職場は、女性が支えている


ここで、旅館という職場の特徴を一つ挙げておきたい。

 

私の現場の肌感では、旅館の職場における男女比はおおよそ女性7:男性3、あるいは女性8:男性2だ。

ホテルが概ね半々であるのと比べると、旅館は圧倒的に女性比率が高い職場環境だ。

 

仲居・客室係・フロント・調理補助・清掃——

旅館の現場を支えているのは、女性スタッフの力に他ならない。
(男性も、もちろん重要な役割を担っていることは前提として)

 

私の実家の民宿も、母一人が切り盛りしていた。

お客様の多くが「お母さんに会いに来た」と言って繰り返し訪れてくれた。

民宿を選ぶ基準が、まさに「人」だった。

 

その原体験が、私の旅館観の根っこにある。

 

こうした現実を踏まえると、旅館の人材戦略は「女性が長く、気持ちよく働き続けられる環境をどう作るか」

という視点なしには語れない。
 

働き方の柔軟性、職場の人間関係、キャリアパスの見え方——
これらは旅館の採用・定着において特に重要な要素だ。
このシリーズでも、随所でこの視点を大切にしながら書いていきたいと思っている。


30年間、現場で見てきたこと


私がこの仕事を続けてきた30年間で、気づいたことがある。

再生できた旅館には、必ず「人」がいた。

 

数字が厳しくても、設備が古くても、立地が不便でも——
経営者を信じてついてくるスタッフがいた旅館は、必ず道を開いた。
 

反対に、どれほど好条件が揃っていても、人がバラバラになっていた旅館は、なかなか立ち直れなかった。

再生の現場が教えてくれたのは、旅館経営の本質だった。

 

旅館の強さは、人の強さだ。

 

廃業や売却の場面にも、何度か立ち会ってきた。そのたびに思った。
もう少し早く、人の問題に向き合っていれば。もう少し早く、スタッフを大切にする環境を作れていれば。

別の未来があったかもしれない、と。

 

人材の問題を後回しにした代償は、気づいたときには取り返しがつかないほど大きくなっていることが多い。


今、旅館の「人」を取り巻く現実


しかし今、旅館の「人」を取り巻く環境は、かつてなく厳しくなっている。

少子高齢化が進み、働く世代の人口そのものが減少している。


地方にある旅館は、都市部との人材獲得競争で圧倒的に不利な立場に置かれている。
宿泊業の平均年収は他業種と比べて低く、労働時間や休日の条件も、若い世代の目には魅力的に映りにくい。

 

厚生労働省の調査によれば、宿泊業・飲食サービス業の離職率は全業種の中でも高い水準にある。

採用しても定着しない。育てても辞めてしまう。この繰り返しが、旅館の現場を疲弊させている。

 

「人が来ない、育たない、辞める。」

この三重苦を抱えながら、今日も全国の旅館は営業を続けている。


なぜ今、このシリーズを書くのか


私がこのシリーズを書こうと決めた理由は、ひとつだ。

 

旅館の人材問題を、「採用難」という業界の構造的な問題として諦めてほしくないからだ。

 

確かに、環境は厳しい。
しかし同じ環境の中で、人が集まり、定着し、成長している旅館も存在する。その差は何か。
 

経営者の意識か、職場の環境か、育成の仕組みか——
答えは一つではないが、必ず理由がある。

 

そしてその理由を、一緒に考えることが、私の仕事だ。

 

このシリーズ「旅館の未来は"人という変数"で決まる ― 人材戦略の基本」では、

全7回にわたって、旅館の「人」について書いていく。
 

採用、定着、育成、多様な人材の活用、そして人材と承継の関係まで——
旅館の人材問題を、基本から丁寧に考えていきたい。

 

実務的なノウハウの詳細は、また次のシリーズで扱う予定だ。
このシリーズではその土台となる考え方と、現場で見てきたリアルをお伝えしたい。

 

 

このシリーズを、誰に読んでほしいか

旅館経営者の方はもちろん、後継者候補の方、経営者のご家族、

顧問税理士や金融機関の担当者、旅館組合の関係者——
旅館の「人」に少しでも関わるすべての方に読んでいただきたい。

 

そして、もう一人。

旅館で働いているスタッフの方、これから宿泊業界で働くことを考えている方にも、ぜひ読んでほしい。

あなたは旅館の「変数」ではなく、旅館の「主役」だ。


 

次回予告

第2回は「なぜ旅館には人が来ないのか」。

 

採用難の構造的な理由を、現場の視点から深く掘り下げる。

「給与が低いから」「地方だから」——
それだけでは説明できない、旅館の採用問題の本質に迫りたい。

 


自分の宿の価値を言語化し、夢をもてる未来を描く。
そんな未来を、旅館経営者の皆様と一緒に創っていきたい。

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